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ちびブログです

シューベルト ピアノ・ソナタ第20番(アンドレア・ルケシーニ)

「1番好きなピアノ曲は何ですか?」と、訊かれて即答できるような人は、これまであまり音楽を聴いてこなかったか、(何らかの理由で)長年その曲に偏執的に入れ込んできた人かのどちらかだろうと思う。
上記のような究極的な質問に、僕は絶対に答えられないけど、「もっともよく聴いたピアノ曲を数曲挙げよ」だったら、何とか述べることができそうだ。

そして、その曲を「よく聴いた」理由は言うまでもなく様々だ(「苦手」「理解できない」「虫酸が走る」といったネガティブな所感も「よく聴いた」動機にじゅうぶん成り得る)。
フランツ・シューベルトの後期ピアノソナタ「第20番 イ長調」は、間違いなく自分が「よく聴いたピアノ曲」に含まれる。
「じゃあ、シューベルトのピアノ・ソナタで第20番が1番好きなのか?」と問われると、やはり話はそう単純ではないのだけど……(面倒なクラシックファンですみません)。

では、どうして20番をそんなに聴いてきたのか?
そう自分に問うてみると、
おそらく、シューベルトの作品に通底する主題(のようなもの)が、もっともキャッチーかつコンパクト(といっても、決して短い曲ではないけど)に湧出しているように感じるからだと思う。他にも理由はありそうだけど、ひとまず。

また、この曲を弾いているピアニストが多い(人気曲である)というのも理由の1つであるだろう。数多の演奏を聴き比べるうえで、わかりやすい指標/試金石になるから。

 

そういうわけで、この第20番はこれまでずいぶん多くのピアニストで聴いてきたわけだけど、その印象は言うまでもなく「千差万別」である(千差万別な「同じ曲」をたくさん聴けることが、クラシック音楽の醍醐味でもある)。
世間的にはあまり評価されていないけど、個人的に好きな第20番や、「名盤」の誉れ高いが、何度聴いても馴染まないピアニストもいる。苦手なピアニストなのに、「シューベルト20番だけは最高」というピアニストもいる。

昨晩。明け方まで眠れず、シューベルトのピアノ・ソナタを聴き漁っていたら、アンドレア・ルケシーニというイタリアのピアニストが昨年発表した20番を発見した。
「これ知らないなあ、一応聴いてみるか」と軽い気持ちで再生して……仰天した。

一音一音の細部までじつに濃やか、かつ滑らかな演奏で、ニュアンスのひとつひとつを忽せにしない、驚くほど素晴らしい打鍵だった。また、解釈も音響も今日的で歴代の誰の演奏にも似ていない。

おかげで、聴きながら「うとうと」するつもりが、ばっちり目が冴えてしまった。

この人の演奏を聴いて改めて思ったのは、作曲者の才能や意図を審らかにする(そう感じられる)ような演奏を自分は好むということだ。

ここでルケシーニ氏は、自分のスタイルを誇示したりテクニックを披露するのではなくて、ひたすらこの「ピアノ・ソナタ第20番 イ長調」という曲のニュアンスを余すところなく伝えようと腐心していることが、ひしひし伝わってくる。そして、その意図をかなり高いレヴェルで成し遂げている。
僕はこの演奏を聴いて、おそらく1000回近く聴いているであろう第20番イ長調が、度の強い、自分にぴったり合った眼鏡をかけた瞬間のように、強烈なインパクトと解像度を以て迫ってきたように感じた。

そしてこの曲の勘所は第2楽章にあることが改めて深く伝わった。このプログレッシブで、重たい第2楽章にこれほど豊かな音色とぴしっとしたリズムを感じたのは、アルフレッド・ブレンデル以来な気がする。
調べてみると、それほど著名なピアニストではないようだけど(それもまた驚きであった)、この盤は、個人的にシューベルト・ピアノソナタ演奏の数少ないマイルストーンと見なしたい。
今日は続けてこの人の「第21番 変ロ長調」(この曲にも簡単には記せない思い入れがある)を聴く。楽しみだ。

(続きます、たぶん)