水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

Autumn Interlude(初秋間奏曲)

閑話。

前回記事『微睡みと覚醒〜珈琲雨水のこと』は、多くの雨水さんファンの方々が拡散してくださったからだろうか、図らずもこのブログ記事中最大のアクセス数(って言うのか?PVって言うのか?寡聞にして知らぬ)を得ました。あまり実感ないけど、ありがたいことです。ちなみに次に数が多かったのがこれらしく。無理もない。きっとあの日はたくさんの方が「五嶋みどり」で検索されたことだろうから。

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ちなみのちなみにその次は、吉祥寺の花屋『4ひきのねこ』。これまた無理はない。何しろ昔からずっと変わらず素敵な花屋さんだからな。

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ここで得られる認識。「見られる数の大小にはもっともな理由がある」。ううむ。

 

さて、管理人著者としては、このささやかなる個人的ブログにおいては、矢張りこういうのが好ましいと感じる。「こういうの」というのは、この僕がどうしただのこうしただの、何を感じただの、あれしただの、或る局面にさしかかっているだの、そうしたことは(とりま)棚上げして置き、他者存在と——それもなるべく多くの他者存在と——共有できる主題について(喫茶店であれ、演奏会であれ、書籍であれ、豆であれ、純米酒であれ……)記していたいってことだ。そして、記したことごとが多くの人の目に触れて、何かしら好きものを1人でも多くの方にもたらすことができれば、それを「僥倖フィードバック」と呼びたい。ふざけて言ってんじゃない。

しかし、他者存在と何かしら感情を共有できることを記せる、健やかに冴えた状態であるためには、自分自身の、常日頃、風にたゆたう雲のように変化していく、この流動的な在りように多少なりとも着目し、文章化していくことも、これまた「この自分」にとっては必要不可欠のようだ。そういうのは手書きの日記でやればいいじゃない?だって?(いぶかしげにそう問う君丿声が聞こえたような気がした。)

 

鴨しれない。しかし、私はここに自分のことをたゆみなく記しておきたい気持ちをなかなか拭い去ることができない。かれこれ10年くらい前からずっと。手で文字を記すのが難儀という理由も多分にあるだろうが。

「この気持ちは何か?」については常人らしく長らく折りに触れて考えてきた。自己顕示欲? 承認欲求? 寂しさ? きっとどれもこれも当てはまるだろうが、多分それだけではないような気がする。そして、それだけではないところの「ところ」が、きっと自分にとってもっとも核となるモチベーションであるような気ぃするのだ。そして、それはいかにも名づけ難い。

ともあれ、今日は、今日もこれを読んでくれている奇態な(失礼)あなたと共有できそうな主題はまだ何もない。しかしそれは今んとこの話。10時間も経てば色々変わってくるだろう。たぶん。きっと。

ともあれ、現在は真夜中で、明日も名曲喫茶に赴き、店を開けるだろう。いつものように。ほとんど全てがそこから始まる。僕にとってのほとんど全てが。君にとってのほとんど全てが始まるドアが、いつでも滑らかに開け閉めできますように。君がそのドアを穏やかな気持ちで行き来できますように。誰かがそのドアを幸福な気持ちでノックできますように。心から祈っています。