水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

微睡みと覚醒〜『珈琲雨水』のこと

f:id:lovemoon:20170901121242j:plain

閉店日前日の店内風景

もうすぐ閉店しようとしている、あるいはすでに閉店している喫茶店について「回顧録」や「追憶記事」を記すのは、あまり本意ではない。喫茶店について何かしら記すのなら、その店が存在している時——まったき「リアル・タイム」に記すのがベストだ。ずっとそう思ってきたし、今でもそう思っている。

でも、ここ阿佐ヶ谷の純喫茶/珈琲専門店『珈琲雨水』については、縁あって数年前から足を運び、珈琲とケーキの味に舌鼓を打ち、この店の魅力について書きたい、書こう……そう思うようになってからも、なかなか記事を上げることができずにいた。

どうしてだろう?

言い訳じみているかもしれないが、近年、大切な喫茶店について何かをまとめて記せるような精神力が自分に著しく欠けていたのだろう。そうして先延ばしにしているうちに、先月、店主加藤さんから『珈琲雨水』の閉店を告げられた。もちろん私が何か記したからと言って、閉店日が変わるわけではない。それでも、もう少し早く記しておきたかったと思う。自分自身の問題だ。でも今はそんな自分を(ひとまず)許して、『珈琲雨水』について心ゆくまで記しておきたいと思う。 

f:id:lovemoon:20170901084316j:plain

ブレンド珈琲(9番)

ここ雨水でしか飲めない混合豆珈琲があった。ここ雨水でしか飲めない単一豆珈琲があった。ここ雨水でしか味わえない多様な洋菓子(チーズケーキ、チョコレートケーキ、プリンetc..)があった。そして何よりも——この店でしか肌身に感じられない独特の空気(atmosphere)が存在していた。(本当は現在形で書きたい。でも認めなきゃならない、それらは今では——確かに過去だ。)

私はそれら全てを、木陰の花々の蜜を貪るちいさな蜂の如く、貪欲に味わうべくこの店に赴いた。中央線は阿佐ヶ谷駅の北口商店街を抜けて数分。狭く急な階段を上がること約12秒。やおら重たいドアを開け——『珈琲雨水』という名の素敵な喫茶店に辿り着くまでの間——己は何を考えていただろう? きっと、ほとんど何も考えていなかった。ただ、あの場所に少しでも早く辿り着くために、いつだって阿佐ヶ谷の忙しない商店街を抜け、足早に歩いていたように思う。

 

着席するとたいていブレンド(9番)かデミタスを注文した。

珈琲が供されるまで、幾許かの時間が流れる。それは頭で想像していた時間よりもほんの少し短く感じたり、長く感じたりする。(ここでは時間は伸びたり縮んだりするようだ。)

厨房にそっと目をやると、店主がネルで点てている姿が見える。細く長く、大きな手で、ゆっくりと。スピーカーからはトム・ウェイツの『レイン・ドッグ』が響いている。その小さく低いうなり声は雨音や外の喧騒と混じり合って、夜の時刻をそっと満たしていく。私は漆黒色のテーブルを見詰めながら、これから供される珈琲の味を精緻に思い出そうと努める。その味は記憶の中ではまだ曖昧模糊としている。

やがて、シックなカップに入ったコーヒーが席に運ばれてくる。

f:id:lovemoon:20170901075434j:plain

ブレンド(デミタス)

大きな深いカップを手に持って、少しだけ右に傾ける。白い灯かりを照り返す、黒曜石の如き黒々とした表面が滑らかに、静かに揺れる。

口に含むとぬるっとした微かな粘度を感じる。舌触りはビロードのようにシルキー、かつなめらか。そして飲むたびに驚かされるのは、その絶妙かつ複雑な妙味。

雨水のブレンド珈琲はおいしいブレンデッドウィスキーを想起させる。ブレンドでなければ生み出し得ない、複雑かつ融通無碍な味わいがたしかにある。深煎り豆特有のスモーキーなコクと、焼きリンゴにも似た上品で軽やかな酸味と、スモモのようなほろ苦い果実味が同時に立ち上ってくる。

それは夏の鮮やかな情景を浮かび上がらせ、冬のきりっとした空気を際立たせる。それは心の或る部分をぴしりと突いてくる。飲む度に、「こんなにおいしいブレンドが飲めるなら、まだ生きててもいいよな……」。そんな陳腐な想いが頭をよぎる。でも、おいしいコーヒーは他のどんなものよりも「生き血」になるのだ。それは認めなきゃならない。

f:id:lovemoon:20170901075404j:plain

コーヒーをすすりながら、目線よりやや上方にある絵*1を見上げる。刹那、時が止まる。1度見たら忘れられない。額縁の中から、こちらをまどろむような、醒めたような目で眺めている彼/彼女はいつだってそこにいる。

テーブルの上のカップはいつのまにか空になっている。私は「そこ」に行くための切符を買い求めるような心もちで、ストレートコーヒーとケーキを追加注文する。

チーズケーキは夢の中で出会った人によって差し出された、夢想的かつ匿名的なチーズケーキのように口の中でするするとほどけていく。後に切ないまでに爽やかなヴァニラ香を残して。

額縁の中の彼/彼女の視線を感じながら、小さく切ったチーズケーキを口に運ぶ。2杯目のコーヒーをぐいと飲む。ブレンドとは異なる、潔いまでにきりっとしたタンザニアの香りと渋味が、意識を再び「そこ」に運んでくれる。その時、私もまたまどろみながら目醒めている。喫茶店にいる1人の客として、今、確かにここにいる——そんな確かな実感を伴って。

 

2017年8月30日(閉店日前日の水曜日)が私の最期の雨水訪問となった。お客様は次から次へといらしていた。満席でも文庫本を傍らに、あるいは虚空を眺めるようにして過ごされている方々の姿が印象的だった。皆、それぞれの思いを胸に、この場所とおいしい珈琲と静かに向き合いに来ていたのだろう。いつものように。帰り際、1人1人丁寧に挨拶していらした店主加藤さんの笑顔が素敵だ。

あの店の霊妙な空気と珈琲の美妙な後味が、訪れた方の心の内に永く残っていますように。店主加藤さんのこれからの旅路に数多の幸がありますように。

そして心からありがとう、『珈琲雨水』。あの場所はこれからも皆の心の内にあるだろう。私たちは、そこで微睡みと覚醒の時間を持つことができる。ずっと。

名曲喫茶 月草 堀内愛月

*1:画家/喫茶店店主の手塚真梨子さんによる絵画