水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

開店/生誕記念日(深い感謝とともに)

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濃霧の中でおはようございます。まったき私事(わたくしごと)ですが、現在は午前8時きっかです。

これから自前のかけそば(ゆですぎ注意)をすすってバナナケーキを食べ、アッサム紅茶を飲み、さっさと支度して出かけ、名曲喫茶を開けます。いつものように。そこでは数多のクラシック音楽が流れていてほしい。いつものように。そこでは音を音たらしめる静寂が流れていてほしい。いつものように。そこではコーヒー香と夢の切れはしのようなものが流れていてほしい。さめざめと。

ここでは「いつものように」が奇跡であり、恩寵であり、僥倖です。ほんに心からそう思う。

さらにまったき私事です。

先月の17日は「海の日」でした。それは私がささやかに営む名曲喫茶の5周年記念日でもありました。長きに渡ってご愛顧頂いているお客様にも拍手(かしわで)を頂いたり、お花を頂いたり、焼き菓子を頂いたり、CDを頂いたり、照明器具を頂いたり、アロマを頂いたり。そして母からの無糖タルト。ありがたき。

事も無げにさらりと記していますが、その日、私の心中にはまるまる5年ぶんの感無量が襲ってきまして、まともに立っていられないほどでした。さらに、そこに激しい感謝の念もこみあげて参りまして、現実の店仕事も普段通り忙しく、実際のところ、てんやわんやでありました。ところてんではありません。言うまでもないことですが。

さらにまったき私事が続きます。

今月19日は私事を私事たらしめている、私なる生きものの生誕記念日でありました。これについては、おかげさん。くらいしか言えることなさそうです。

誕生日。それは「シンボル」みたいなものと思われます。さてはて、何のシンボルか?と自分に問うてみる。

それは、どんなものも誕生日なるものを持っているということ。たとえ君がその日を忘却してしまっても。あるいは君以外に誰も憶えていなかったとしても。世界の片隅だろうと、中心だろうと、沿岸だろうと、とにかく「それ」が確かに存在した、あるいは今しているという印。何かのおかげで。誰かのおかげで。猫も、風も、音も、雨も、店も、花も、魂も、星も、絵も、言も、土も、一切合切「おかげさん」。この世界におかげさんじゃないものは存在しない。

そんなようなことを思い出すために「誕生日」なるスペッシャル・デイがあるような気がしないでもないです。そして、誕生日は君に心からのお礼を言える、嬉しき1日でもあります。(ありがとう!)

あらら、とっくに蕎麦が茹であがっているようなので今日はこのへんで。

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