水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

1通の手紙がもたしてくれた僥倖

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先日、僕がささやかに営んでいる名曲喫茶宛てに1通の手紙が届いた。

手紙の裏にはおそらくTwitterのアカウント名と思われるKから始まる10字のアルファヴェット以外には名前も住所も記されていなかったが、いざ封を切って読んでみると、

そこには送ってくれた方(Kladyさん)が数年前に初めて当店にいらしてくださった日のこと、その時、感じてくださった心の安寧、それから長いこと心身の調子を崩していらしたこと、先日久方ぶりに当店に足を運んでくださったこと。以前と変わらぬ店の在り様に胸を撫で下ろしてくださったことなどが几帳面な文字と丁寧な文でしたためられていた。

それを読み、僕が心底嬉しく思ったことは記すまでもない。しかし、「心底から嬉しく思った。」と記しても、僕が頂いたその手紙を読んだ時に、包まれた霊妙な心持ちはほとんど判ってもらえないような気がする。はたして手紙を送ってくださった方に(加えてこのブログを読んでくださっている方々にも)少しでも私の気持ちを多く理解してもらうためには、どうしたらいいだろうか?

それについてしばらく考えてみたのだが、やはり手紙を送ってくれたKladyさんにこの場をかりて返信をしたためるしかあるまい、と思った。たとえ彼女がこの文を読ま(め)ないとしても。

以上、前置きにかえて。

Kladyさんへ(※プライバシーの観点から勝手に略させて頂きます。お許しください)

この度はお手紙をありがとうございました。

長年(といってもまだ5年たらずですが)ささやかな名曲喫茶をやって参りましたが、このように直截にお手紙を頂くことはなかなかないので、ポストの片隅に入っていた封筒の綺麗な文字を拝見した時は、「おや、なにかしら」と思ったものの、読み終えると、嬉しさのあまり幾度も読み返させて頂いた次第です。

「クラシック音楽の奥深さや豊かさを知りました」「たくさん知りたいことが増え、いっぱい聴いてみたいと思うようになりました」と書いてくださって。Kladyさんに何しらの縁とタイミングでいらしてくださり、そのように思って頂けたことは、名曲喫茶店主として無上の喜びにあります。どうか当店の存在がKladyさんにとって少しでもクラシックと結びつくための縁となれますように。クラシックが、Kladyさんの心身を潤す透明な泉のような効力をもたらしますように。そして、当店で感じてくださったような静けさと心の安寧をKさんがいつでもどこでも得ることができますように。

 

月草を始める数年前のことですが、僕は外界の音と声からできるかぎり遠ざかって、暗い場所で心に滋養と静けさを与えてくれる「クラシック」なる古の音楽にじっと耳を傾けていたい、そして自分と同じようにそれを望んでいるであろう(それほど多くはなさそうな)人のためにおいしいコーヒーと空間を提供したい——それ以外は何もできそうもない——そう感じていました。

もともと、そのような嗜好(志向)は自分の内に長らくあったのですが、ある日のこと、いつものように都内の或る名曲喫茶に足を運び、リクエストした曲に耳を傾けながら目を閉じていた時、「クラシックと静寂(沈黙)を共有できる空間を自分が作らなければならない、それには今しかない——」と思い立ったことを今でも昨日のことのように憶えています。

Kladyさんに頂いたお手紙を読んで、ああ、あの時、自分の内なる欲求と義務感に従って本当に良かった——こうして、あの店を訪れて心の安寧とクラシックへの希求を感じてくださった方がたしかにいるのだから。ひしひし感じることができました。

 

そういうわけで、僕もKladyさんに心からのお礼を言わせてください。お手紙で「あの場所にあの世界が在り続ける、ということが希望であり心の支えです」結んでくださったことが、そのまま僕の希望であり、心の支えになります。本当にありがとうございました。またいつかのご来店、心よりお待ちしています。

 

名曲喫茶 月草 イツキ