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水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

桜と毛虫たちの午後

先週の或るいっときを境に、外気が仄かな暖かみを帯び、蕾のまま留まっていた桜たちは天からの赦しを得たかの如く黙々と咲き始め、時を同じくして、枝の上で長く押し黙っていた謙虚な鴬(うぐいす)たちも次々と鳴き始めた。

或る晩、まどろむような外気に鼓舞され、私も小瓶片手に大通りをそぞろ歩いてみた。今年、私の住む市は大通りの花見を推奨、いや激励しているようだ。大通りの桜1本1本が、真下に仕付けられた照明に煌々と照らし出されている。ほとんど夜のほうが目立つくらい。年末に取り付けられるクリスマス・イルミネーションと同じ発想と目的であろう。こんなことはこれまでになかった。

個人的には、照明で照らされた桜は派手ばでしく見え、それほど好みではない。桜は夜の闇の中で月の光、せいぜい街灯を浴びてさりげなく咲き誇っているのが粋と信じる。

ところがこの市の政策は大成功だったらしく、今年は例年になく花見人の数が増加していた。そこかしこに茣蓙やらブルーシートやらデッキチェアをしつらえた団体が散見される。駅からかなり離れた歩道橋の上までまさに「てんやわんや」。なんのかんので、多くの人は明るく照らされた、人が集まるところに集まるものなのだろう。羽虫と同じように……かく言う私も例外ではないが。

他方、桜の開花と時を同じくして、ここぞとばかりに室内にこもろうとする種族がいる。こうした者たちは「開花に拠るひきこもり(たがり)たち」と呼ばれる。

彼らはノイズ・キャンセリング・イヤフォンを愛用し、1人で外食する時もたいていこれを装着している。音を聴いていることもあれば、頭蓋骨に響く自らの咀嚼音に耳を傾けていることもある。本は外で読むと集中できないという理由から、押し入れの中で読む。Kindleという名の電子書籍端末は、暗闇の中でも、布団に潜りこみながらでも本が読めるので、彼らにとってはとくにありがたい文明機器だ。

彼らは書籍とともにテレビゲームの類いもこよなく愛する。混み合った店やデパートは苦手だが、本屋や家電量販店や中古レコード店で何時間でも立ち読みし、ゲームソフトやレコードを物色することに喜びを禁じえない。空いた時間ができると(あるいは、そのために時間を捻出さえして)、何時間でもモニターの前でコントローラーを繰っている。あるいは押し入れでつぶさに携帯ゲーム機を繰っている。気がつくと、机の上につっぷしたまま何時間も眠りこけていた自分を見つける。

起き出し、暗くなりかけた窓の外を眺めやる。細かい雨が降りしきっている。20時間ぶりに外に出て、雨に濡れた桜を傘をささずに眺めていたい。そんなきわめて春らしい衝動に襲われる。この時期、ひきこもっていても、閉めきっていても、眠っていても、誰も桜から逃れることはできない。見えなくとも、桜はいつだってそこにある。咲いていてもいなくても。