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水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

「十六夜の月(イザヨイノツキ)」を飲んでキリンビールの凄さを改めて感じた

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久しぶりだった長い店仕事の帰り道、駅前のローソンに常飲している日本酒を買いに行ったら、品切れていた。で、代わりにキリンの新しいビール「十六夜の月」を買った。

私は昨日このビールに出会うまで、「十六夜」と書いて「いざよい」と読むことを寡聞にしてまったく知らなかったし(強引な当て字だと思った)、「十六夜」が秋の季語であることも、古語「猶予(いざよ)」から来ていることも知らなかった。同じ季節もの限定商品である「秋味」と比べて、なんと凝ったネーミングであろうか。そして、私の手ぶれiPhone写真ではいささか判り辛いかもしれないが、全く見事なデザインである。

3年前の登場時はまだまだ諸手を挙げて迎え入れられたとは言い難い『グランドキリン』から始まった、この「ふとこしゃれ瓶シリーズ」(と私が勝手に命名した。「太くて洒落た小瓶」の意)の企画力と、畳みかけるようなリリーススピードにはしょっちゅう驚かされるが、今度のはいつになく凄い。ビール棚の前に立つと、手に取る前から手に取らせる輝きを力強く放っている。「この限定された期間内にこの最高の商品を買ってくれ!」というような、まっとうかつ真っ直ぐな商売心がびしびし伝わってくるようだ。

そうしてキリンの思惑通り、秋の月夜の晩、ビール好きの老若男女(私も)が、仕事帰りにコンビニに立ち寄ってこのビールを見つけて手に取り、そっとカゴに入れている風景が鮮やかに浮かび上がってくる。売り手が、そのようなくっきりした消費者の購買ヴィジョンを練りに練って商品化したであろうことが、あざとさではなく、清々しくさえ感じさせる。

 

今を遡ること2年前の2014年、キリンは「クラフト(手工芸品)風ビール」(風、と記すのは、実際には麒麟の商品は「非」手工芸品だからだ)に力を入れるにあたって、比類なき『よなよなエール』で名を馳せた長野の新鋭ビール会社ヤッホープルーイング社と業務提携を結んだことを発表し、我々ビールファンを驚かせた。双方の会社の思惑は理解できるが、何しろ熾烈な市場、いや戦場、「ビール業界」。そんなイージーな試みがはたしてうまくいくものか?と我々はきっと眉をひそめていたはずだ。

でも、少なくともこの1年の間に精力的にリリースされた、多種多様なキリン商品を見ていると、キリンはヤッホー社の瑞々しいアトモスフィアを見事に咀嚼し、洗練させ、定着させることに成功していることを認めないわけにはいかない。「老舗ビールメーカーが時流に乗ろうとして、若ぶっている」というようなマイナスイメージは周到に回避され、ヤッホー社の持つ縦横無尽のアイデアとセンス、そしてキリンのあまりにも巨大な開発力を見事に商品に結びつけ、旧態依然とした国産ビールに背を向け、未だ見ぬクラフトビールを好んで飲むような洒落たビールファンが否応なしに手に取ってしまうような、魅力的な商品を矢継ぎ早に市場に送り込んでくるキリンは、堂々たる独走状態と言って良いだろう。売り上げなどは知らないから断言はできないけれど、この挑戦的かつ攻めまくりの姿勢は日本の大手ビール会社としては唯一無二に映る。さすがキリン、やはりキリン。と言わざるを得ない。

 『十六夜の月』、肝心の味について。

ビールという飲みものは、冷たいグラスにゆっくりと注いでぐいと飲むのが旨いと根強く信じられているし、私自身もそのようにして飲むことが少なくないが、この「ふとこ瓶」シリーズは、買った帰りにおもむろに栓をぱかっと開けて、そのままグイ飲みするのがもっとも美味しい飲み方であるように思う。そして、それはキリンも推奨する飲み方であろう。何しろ、絶妙な大きさの飲み口が「今すぐ飲んでくれないか」と懇願しているような形をしているし、このシリーズの個性的なビールの味わいは「いかにも、少しぬるくなったくらいが飲み頃」というような妙味だからだ。とくにこの『十六夜の月』のような上面醗酵系(I.P.A)は、きんきんに冷えた状態ではそのふくよかで複雑な旨みをうまく味わいきれないように思う。

しかし、ビールはグラスに注いで飲んでみないことには、結ばない像があることも確かであるように思う。なので、私はこのシリーズを飲む際、なるべく一度はグラスに注いでみることを心がけている。今日も帰り道に蓋をぱかっと開けて半分飲んで、残り半分は自室でちびグラスに空けて飲むつもりだった。

しかし、今日は無理であった。

長い労働と湿っぽい気候で喉が渇いていたこともあるし、また、あまりにも飲みやすい味わいだったこともあり、ものの3分で飲み干してしまった。ゆえに、ビールの色みさえ確認できなかった。ただ、所謂上面醗酵系の濃い色ではなくて、薄い金色がかった色味ではないかと想像する。濃い色合いのペールエールでお馴染みのカラメル風味が微塵も感じられず、一陣の爽やかな風が草原に吹き抜けていく……というような透明感ある味わいだったからだ。しかし、これは月夜の夜に、グラスに注いでもっかい飲まねばなるまい……まったくキリンの思うつぼである。