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水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

押し入れ部屋から〜From my closet to you〜(7)

押し入れ部屋での実験、あるいは挑戦、あるいは篭城(そんな大仰なものでもないが……)は今日も続く。

とろんとした暗闇の中で思い出しているのは、昨日、私がささやかに営む名曲喫茶によくいらしてくださる方に教えてもらったハードカバー。 

無頭人(アセファル) (エートル叢書)

無頭人(アセファル) (エートル叢書)

  • 作者: ジョルジュバタイユ,Georges Bataille,兼子正勝,鈴木創士,中沢信一
  • 出版社/メーカー: 現代思潮社
  • 発売日: 1999/07
  • メディア: 単行本
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遠目から見ても、装丁がとても素敵と思った。内容はいかにも哲学的で、論文的で、難解そうだけど、近いうちに買って読んでみよう。

 

ジョルジュ・バタイユはかねてより好きな作家だった。と言っても、たぶん10年近く読んでいないけれど。海外小説好きとしては、『マダム・エドワルダ』『眼球譚』は永遠に語り継がれるであろう傑作と確信しているし、彼が残したいくつかの哲学論文も、学究の徒の書架にいついつまでも収まっていることだろう。

私が圧倒的に好きなのは、吾国の誇る詩人・天沢退二郎が訳した『青空』という小説だ(別訳者による同書『空の青み』は受け付けなかった。翻訳って難しいですね)。

青空 (晶文社クラシックス)

青空 (晶文社クラシックス)

 

 私が未だ20代後半だった(そんな日が確かにあった)曇った春の午後、隣町の『ブックセンターいとう』で700円で買い求め、今はなき『邪宗門』という喫茶店で灰皿を一杯にしながら、ブレンドコーヒーを2杯飲みほし、ひといきに読んだ。それから何度も何度も読み直した。

だけど今、もっかい読み直そうという気にはなかなかなれない。何故だろうか? とにかく、恐ろしくモラトリアムで、まさしく戦時中で、恋愛真っただ中!な内容だったようにき記憶している。当時の私はすさまじいばかりに自己同一化していた。

うろ覚えだが、バタイユはこの小説を「絶版」にしようとした目論んでいたらしい。しかし、この小説の冒頭には序文みたいのが記してあった(たぶん)。そこでバタイユは、「この小説はいかにも若き日の愚かしさであって……(中略)しかし、致し方ないので再版する運びに……」みたいなことを書いていた(はずだ)。

 

そんなこんなもうろ覚えなので、すぐさま書架で確認してみれば良いのだが、奇妙なことに、それがどうしても出来ない。今、この押し入れを出るくらいなら、このブログを10000字記すほうがまだ楽だ。リアルにそう感じている。何故か知らん。

 

あ〃、私は本当に出不精だ。この、狭く暗い押し入れから出ることさえもこれほどまでに面倒なのだから、何らかの烙印を押されるべきだろう。あるいは、私は「押し入れ」という場所を象徴的に、実際的に、具体的に愛し始めているのだろうか? この限定された場所から身体を離せないほどに。

あるいは、私は「出る」という行為が本来的に苦手なのかもしれない。きっとそういうのが「引きこもり者」と呼ばれるのだろう。そんな引きこもり者にとって、「押し入れ」とはいかにも本来的な場所であろう。そういうわけで、明日もきっと押し入れの中で記しますのでおやすみりんりん。今日も鈴虫が鳴いています。