水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

天国からちょっと出てみる

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こんばんは。今晩は8日ぶりに、押し入れではない場所——自室の机の上——で記しています。

この自室もまったくもって狭いのですが、あの押し入れの中に比べれば、ずっと明るくて、広くて、空気が良い、とまでは言わないまでも、少なくとも「こもっていない」ハレの場所です。だからかな、なんだか、気恥ずかしいような心持ちです。

 

押し入れともこの机の上とも無関係である冒頭の写真は、某ベーカリーカフェで食べたポテトサンドイッチとコーヒー。見ためはたいへん地味ですが、僕好みの滋味深い味なのでしょっちゅう買い求めています。好みのコーヒーとサンドイッチが食べられる有り難いお店があると人生がずっと快適になります。

 

さて、今日も当ブログをしゃにむに更新するにあたって、小さなモバイルノートPC(あまり使わない)でぱたぱた記しているのですが、なんというか、じつに味気ないです。やっぱり僕は暗い場所で大きなモニターを見据えて、無骨なキーボードをがしがし叩いているのが性に合っているようだ。(勝手に叩いてな、という君丿声が聴こえた気がした……)そういうわけで、早くもキーボードを置きます。

 

さっきから、窓の外では霧雨が音もなく、間断なく降りしきっています。昨日、母から「雨が降る前は風が強くなる(ことが多い)」、そして「秋雨は梅雨期よりも雨量が多い(ことが多い)」という、自然界におけるたいへん実用的な知恵を教わりました。大人になっても知らないこといっぱいですね。

 

さっきまで、ジェイムズ・ディッキーさんというアメリカ人作家の冒険小説『救い出される(原題 DELIVERANCE)』を読んでいました。僕はこの作家もこの小説も知らなかったのですが、帯によると、当時(1970年)、本国ではずいぶんと売れたそうです。

救い出される (新潮文庫)

救い出される (新潮文庫)

 

もう少しで読了するのですが、じつに波乱万丈な物語です。でも語り口の通奏低音に、静けさのようなニュアンスが流れていて、不思議と詩的な趣きに溢れています。読み終えたら、きっと感想を書きますね。それではそろそろ、そろーそろーと森に戻ります(くすり)。おやすみなさい。