水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

限りなく再会めいた再開の6月

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ずいぶんとご無沙汰しておりました。

お元気でしょうか? 元気と信じております。私は、元気。だったのかどうか……正直、わかりません。何かしら記していないと、自分がどんなステイトアイムイン、おっとすみません、日本語で言うところの「状態」のつもり——自分の常態がようわからんくなってきます。私はまったく、そういう人間のようです。

 

定期的に(あるいは不定期に)このブログを読んでくださっているたいへん有り難き読者様方には何の断りもなく、更新をすっかり疎かにしてしまい、たいへん申し訳ありません……といったすみません気持ちで胸いっぱいです(これほど長いこと拙ブログを放置しておいたことは過去10年を遡ってみても稀のようです。そして、なかなか更新されないブログを日々開くことほど空しい行為は、まあ、他にもあるけど、そうそうありませんから。反省)。と、久方ぶりの更新に付きものの前口上はこのへんで。

 

さて、この1ヶ月半以上、私はあまり考えず、あまり思わず、あまり記さず、あまり読まず、あまり口をきかず、灰色めいたモノクロ部屋に閉じこもっていたように思います。比喩的にも、実際的にも。精神的にも、肉体的にも。空想的にも、現実的にも。

 

どうしてか??

 

それを言語化するのは今でもやや難儀なのですが、強いて言えば、

「急に開かれたドアを前にして、立ちすくんでしまっていた」

というのがもっとも近しき所感、物言いかもしれません。ドアの中には広くて大きくて深い海があり、そこには巨大な波が音をあげて、うねって、弾けて、寄せては還って、また寄せています。私はそれを知っていた。しかし動かぬことで、記さぬことで、考えぬことで、その波を止めてしまおうと無意識的に(あるいは意識的に)目論んでいたような気がします。

しかし、そんなことは不可能なのだ——You must ride on this big wave. 

そんな当たり前の真実に気付いたのはほんの数日前のことでした。順が来たら、もう乗るっきゃない。だいいち、もともと他の選択肢は持ち合わせていないのです。波を止めることはできない。しかし、笑顔で波に飛び込むことは(勇気とサーフボードがあれば)きっとできる。私にもあなたにも。

 

昨日、僕は部屋を出て、隣町のオーガニックっぽい某食堂で、お猪口片手に浮かない顔浮かべて今後の計画を練っていました。例えば? 週末の名曲喫茶に備えて、もう少し起床時間を見直すぞ、とか。明日はブログ刷新するぞ、とか。英国産のヘアブラシ買うぞ、とか。イカのゲームは引退、もとい、1日1時間にするぞ、とか。いえ、もっと重要で喫緊なこともたくさん考えていましたが……。

 

そういうわけで翌朝(すなわち現在)、ここにこのような私事的所感をつらつらと記すところまでどうにか辿り着けたことを手前勝手に嬉しく思っています。これで今日からまた——毎日とは言わないまでも——断続的な「ヘタな鉄砲、数打てば当たりますように……」的記述が続いていくと思われます、多分。そういうわけで、当ブログを読んでくださっている好事家の皆さんと名曲喫茶ファン(?)の方々、よろしければ、今後ともどうぞよろしくお願いします。