水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

青空とご無沙汰

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4月に入ったので、10年目となる(たぶん)この徒然なるブログも日々咲き誇り、名残惜しさを断固拒否して散っていく桜の如く日々更新da……!

などと、内なる静かなる青い炎をごうごう燃やしていた私ですが、そんな意気ごみとは裏腹に、せっかち気分とのろま気分と日々の雑事に追われ、囃され、心持ちは雨の日の蓮の葉の如く浮いたり沈んだり咲いたりばかりゐましたのでこの「てい」であります。

こんな自分を見かねて、今日はたとい短くとも何かしら記しておこうと思った。でも、今日の気分では記せることはほとんど何もないのですが。何か、引用みたいのがせいいっぱいだろうな。

ともあれ、明日からは名曲喫茶に従事する有り難い2日間。

きっと朝からてんやわんや状態で、帰宅したらバタンQ。だから、今日、ここに何かしら記しておかないことには月曜日まで「もぬけの殻」になってしまうこと請け合い。だから今日はたとい短くとも何かしら記しておこうと思った。でも、今の気分では記せることはほとんど何もないだろう。何か、引用みたいのがせいいっぱいだろう。

この時期の名曲喫茶は、私がこしらえようとした、魂の安寧を約束する「シェルター」のような存在ではなくなってしまう。言ってみれば、桜吹雪舞う「戦地」と化してしまう。あんまり素敵じゃないが、受け入れよう。(シェルターを求める方は、渋谷や高円寺の老舗名曲喫茶をお薦めします。ある時期の私は本当にそれらの店に保護されていました……)

私はレコードを手にした兵士のような気分で明日に備えるだろう。明日は陽が暮れたら、ショスタコーヴィチ作品131番『10月革命に寄せて』のレコードをターンテーブルに載せるだろう。当店モニターを注意深くご覧になっている方は御存知かもしれないが、『10月革命』は当店においてモーツァルト『ジュピター』やグルツキ交響曲、フォーレ「ピアノ三重奏曲」、ストラヴィンスキー『春の祭典』と並ぶ主題的1曲。「ここぞ」という時にしかかけられない曲。春の宵に相応しい曲。バタイユの『青空』とかセリーヌ『夜の果てへの旅』を想起させる曲。

私の内で、恋愛と戦争とバタイユとセリーヌとショスタコーヴィチとユーリ・ノルシュテインは分かちがたい存在である。今日は引用っぽい気分だからちょっと引用してみよう。

——ほら、あたしが戦争ですよって知らせてあげなければならない人……

——うん。

——その人はね、あの、雨の中であたしの手をとってくれた、ひげを生やした小柄な人、あの人に似てるのよ。とても優しい人で、子どもがたくさんいて。

——で、子供は?

——みんな死んだの。

——殺されたのか?

——そう。そのたびに、あたしはその小柄な人に会いに行くの。ばかげてるわね。

——きみがその人の子どもの死んだのを知らせてやるわけか?

——そうなの。その人、あたしを見るたびに必ず蒼ざめるわ。あたし、黒いドレスを着て行くの。そしてね、あたしが帰るとき……

——云ってごらん。

——あたしの立ってた場所に、血の海ができてるのよ。

——で、きみは?

 ドロテアはため息をつくように息を吐き出した。まるで不意に懇願するように。

——あなたを愛してるの……。

彼女は新鮮な口でぴったりぼくの口を蔽った。ぼくは堪えがたい歓喜にひたされた。彼女の舌がぼくの舌をねぶったとき、あまりの快美さに、ぼくはもう生きていたくなかった。

バタイユ「青空」(天沢退二郎訳)

青空 (晶文社クラシックス)

青空 (晶文社クラシックス)

 

全くもって自慢じゃないが、私はこのセンテンスをすっかり「そら」で憶えている。どんなに酔っ払っていてもすらすら云える。この小説は28歳の時に「ブックセンターいとう」で買ってきて、今はなき国立『邪宗門』の窓際席でその日のうちに読了した。灰皿をいっぱいにして。ブレンドコーヒーをおかわりし、洋梨タルトを食べて。春めいた気分でいっぱいになって。眩い恋も内なる戦争もおいしい洋梨タルトもすぐそこにあった頃だ。

「光陰矢の如し」とはよく言ったもので。あれから13年のことなど思い返してみても、安易に言うと「音速ワープ。」という言葉がしっくりくるような、「時系列」という概念を忘れてしまうような在り方、来し方、致し方で困惑気味の私である。しかし、今の私とはいったい何か? 誰なんだ? ようわからん。明日の夜、どこで何を呑み、何を食べるかもわからない。

それなりに外殻を掴んでいたように思っていた自分自身でさえ、浴室にぴょこぴょこ出現するなめくじのように頼りなく、いぎたなく、まわりくどい存在に思えてくる。そも、春の私は自己認識(アイデンティファイ)がきわめて希薄であるようだ。酒と、クラシック音楽と、本と、ポケモンとイカたちにどうにか助けられている。あるいは脳内お花畑状態なのかもしれない。明日から、もう少ししっかり目を見開いて、来るべき明日とクラシック音楽と青空に向きあっていきたいと思う名曲喫茶店主であります。君もどうか健やかな土曜日と日曜日をお過ごしください。心から、心から、そう願っています。おやすみりん。りんりん。