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水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

出かけようぜ!

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4日ぶりの冴えない前口上から。

きっとここに記していないかったせいも多分にあるだろう。ここ数日の記憶はもやのように漠としている。昨日一昨日の自分が前世のように遠く感じる。

ともあれ睡眠時間が少なく、身体的疲労度の高い週末だった。昼夜にかけて喫茶店で忙しなく動き回り(忙しなく動き回るのって、あまり名曲喫茶らしくないですが……)、夜は母の店で催された同窓会パーティの準備手伝いをし、帰宅後は清酒1杯きこしめしてややこしいことは何も考えず、文庫本も手に取らず、WiiUゲームパッドも握らずに倒れこんでいた。簡単には寝つけない自分としては珍しいことだ。

忙しなく働いている時、狐のようにコンコンと眠っている時、曖昧模糊とした感情や捉えようとしてもうまく捉えられない心持ち、向き合わなければならない実際的案件等々はすっかり棚上げされている。その意味で、労働と睡眠はじつにありがたい普遍的状態だ。日々の労働(的行為)と睡眠(的行為)なしには、人はきっと、いや、確実に生き延びられないだろう。最近とみにそう思う。

 

今日は月曜日の私がよくしているようなことをしている。押し入れの中に閉じこもったり、クラシック音楽をかけながら妙な体勢でソファに横たわってまんじりともせずに天井を眺めていたり、ゲーム(ポケモンの対戦格闘ゲーム)に没頭したり、昨日買ったカーソン・マッカラーズの小説『結婚式のメンバー』(新訳)のページを繰っている。その手のやつだ。こういうのがもっとも私らしい過ごし方である。それは認めなきゃならない。

時計の針はゆっくり、しかし確実に進んでいく。部屋に何時間か居ると、外に出る気が加速度的に霧消していくのは、家にいるべき理由のほうが外に出るべき理由よりもずっとたくさんあるからだ(片づけるべき家事やら読むべき本やらやるべきゲームやら聴くべきCDやらしたためるべき文書やら……)。それでも無理にでも理由をつけて踏み出し、誰かと何気なく他愛ない話をしたり、身体を動かしてみることによってようやく見えてくるものごともきっとある。さらに続けて何かしら手を動かして記していれば、さらに何かしら判ってくることごともあるかもしれない。ないやもしれない。ともあれ、無為は行為よりも優れている。ヒンズー聖典『バガヴァッド・ギーター』に出てくる神様っぽい人もそう言っていたし、ナイキ神は「Just do it.」と言葉少なく述べている。

だからここは奮起して、ナイキのスニーカーを履いてまずは駅前のスーパーに出かけようと思う。君も快く健やかな月曜日を過ごせますよう!