水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

今日の所感・ベケット短編集と嵐が丘

以下、例によって、100%私事ですが。

明日/明後日と名曲喫茶仕事に従事します。西東京多摩地区は国立市というちっぽけな街の「富士見通り」という、狭い通りのレンガ造りのビル2Fにある『名曲喫茶 月草』という店で。ついでに言えば、来週木曜日も開けます。例によって、何を祝う日か寡聞にして知らないのですが、とにもかくにも祝日らしいので。

 

そういうわけで(どういうわけで?)、明日も、明後日も、来週木曜も、きっと僕は僕なりに、私として、名曲喫茶とそこにいらしてくださる方々と、そこで流れているクラシック以外のことはろくすっぽ目に入らん、耳にも入らん、もちろん、このブログだって更新できん(たぶん)、国内外情勢のことなど知ったことか、おいしい(であろう)熱い濃いコーヒーをしっかと淹れることに専心し、リクエストして頂いたレコードをてんでばらばらに収められた棚から血走った眼で探し出し、基本的にはしかめつらしい面持ちで、お世辞にも「癒し系眼鏡男子」とは言い難い、いささか危なげなコーヒー&クラシック疲れ、もとい憑かれ人になっていることでしょう。どうしてこうなったのかは知らないが、こうなっちまった。それが週末における僕の(ほぼ)全て。ああ、いささか髪を切ってもらいすぎたようです。

 

自慢するわけでも開き直るわけでもないですが、多分に外界と自分の接点を未だうまく見出せない系であろう私は、たとい自分がささやかに営んでいる名曲喫茶に9時間ばかり従事するだけで、妙なほど緊張し、がちがちにこわばっているように自覚しています。たぶん、傷だらけのレコードやお客様を通じて、ヨハン・セバスチャン・バッハその他もろもろの魂と対峙しているのだと思う。冗談言ってんじゃない。私事ですのでどうかお見逃しください。たぶん今日のこれが今週最後の記述となります由。来週のことは知りません。でも、きっと続くんだ……。来週も、来月も、来年も……そうでありますように。あのイラクサの葉がいつでもあの河辺で緩やかに揺れていますように。君がいつかこの世を去る時もあのたおやかな笑顔でいられますように。

 

さて今、すこぶる読みたい本が2冊あります。

勿体ぶらずに言うと、それはサミュエル・ベケットの短編集とご存知エミリー・ブロンテ『嵐が丘』であります。できればamazonリンクなるものは貼りたくないのだが……。ぺたん。 

サミュエル・ベケット短編小説集(新装復刊)

サミュエル・ベケット短編小説集(新装復刊)

 

 

嵐が丘(上) (岩波文庫)

嵐が丘(上) (岩波文庫)

 

前者は、これまでS・ベケットの著作を購入して後悔したことが全くないから(『ゴドーを待ちながら』『名づけえぬもの』)、単行本としてはまったく安価ではないが、逡巡せずにレジに持っていき、1000円札をおもむろに4枚、代金トレーに叩きつけるようにして(実際にはおずおずと差し出して)買ってしまうべきだ。

後者はここ数日ずっと読みたくて、今日、近所の書店まで勇んで買いに赴いた。しかし(予想していなかったのだが)売っていなかった。基本的にはいつだって素晴らしい品揃えのM書店さんだが、岩波文庫にはまるで力を入れていないらしく、棚からそれが滲み出ていた。だったら電子書籍で買っちまうか。途中でやっぱり紙で読みたいな、などと思ったら、また買いに行けばいいことじゃないか。ケチケチしなさんな。

本を買う時は、そういう風に、カジュアルに、テイク・イット・イージーで行きたいものだ。紙だろうとモニターだろうと、そこに文章がありゃいいんだから。本屋と出版業界のことを憂って、シリアスにしかめつらしく考慮するのもたまには良いが、俺たちには躊躇している暇はもうないだろう。前倒し式に行かないといけない。何せ、人生は短い。目の前に好きな人、音楽、本があったら迷わずにぎゅうと抱きしめるべきだ。しゃにむに読んで、ぎゅうっと抱いて、心を空しくして聴きまくらないといけない。とにかく時間はない。全然ない。もっと焦るべきだ。あっちに行けばいっぱいあるのだろうが、さしあたり、今はこれしかないんだから。

おやすみなさい。