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水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

限りなく1月めいた10日間の不思議(6)「私を構成した9枚(後編)」

前々回の記事に記した「私を構成した10枚(前編)」ですが、私を構成した(であろう)アルバムを1枚1枚思い返しながらそれぞれにコメント文をつけるという無謀な作業に思っていたよりもどっと疲れてしまったので、後半は「コメントなし」にしちまえ、というような投げやりな思いに一瞬だけ襲われたのですが、やはり乗り掛けた舟ですので、残りを一息にやっちまうことにします。はい。

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並び順

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5 プライマル・スクリーム『スクリーマデリカ』

初めて聴いたのは発売してから2年近く経った高3の頃だったように記憶しています。

僕にとって、このアルバムとの出合いはすなわち「ロック」との出合いそのもの。その意味では、現在でも洋楽におけるロック的価値基準の礎となっているように思います。洋楽そのものは高校生になってからすぐに聴いていました。16歳の夏に夢中になったオールディーズ音楽(プロコル・ハルム、ベン・E・キング、ロネッツなどなど)やニルヴァーナ、スマッシング・パンプキンズ、サウンドガーデン、アリス・イン・チェインズ、ペイブメント……当時は学内でも学校の外でもこうした同世代的音楽が流行っていて、僕も乗り遅れないように(あるいは友人に無理に聴かされて)ひととおり聴いていました。

でも、それらの洋楽はどれだけ聴いても「自分のための」音楽ではなかった。何を聴いてもどこか「薄皮一枚隔てているような」感じがしたものです。

でもある日、当時好んで聴いていた邦楽バンド(ユニット)フリッパーズ・ギターのラストアルバム『ヘッド博士の世界塔』が或る曲でサンプリングしていた、とあるフレーズを辿り、このバンドと巡り合ったのです。ちなみにCDを買った店は吉祥寺ロン・ロン(元アトレ)の『ディスク・イン』でした。

今ではもはや「老舗」と呼んでも良い存在となったこのバンド、当時は絶頂期でありまして、英国カウンターカルチャー的寵児として日本のインディーズシーンでもやたらともてはやされていたように記憶しています。言ってみれば「お洒落」な感じの人がこぞって聴いていたような印象があります。でも、僕に言わせればそうではない。これはまったきロックの「本質」が宿った歴史的名盤と感じます。

このアルバムには本来であれば1枚にはけっして収まらないような、じつに雑多なジャンルの曲で構成されています。と、当時は思っていたのですが、今改めて聴き直してみると——まったく「ごった煮」な感じはしません。R&B、ダブ、アンビエントハウス、レア・グルーヴ、とにかく好きなものを好きなように並べたらこうなった。そんな快楽的必然性のようなものをびしびし感じさせます。当時は聴くたびに、新しい扉が次々に広がっていくような心持ちになったっけ。このアルバムをきっかけに、私は「洋楽」という広大な海に飛び込むことを決意したのだった。ふうん。 

 

6 PHISH『JUNTA』

クラシック以外の純然たる洋楽が、先に挙げた『スクリーマデリカ』とこの『JUNTA』のみという事態は自分としてはいささか意外でした。ネットでレビューなど読んでいると「以外」と「意外」を取り違えて使っている方がたまにいらっしゃいますが、その間違いはわからんでもありません。

さて、このアルバムは10代の終わり頃から仲良くしていた、たぶん僕の人生上、もっとも仲の良かった(今は離れた土地にいるのでなかなか会えませんが)Sくんが教えてくれました。教えてくれたというよりも、聴かされた、というべきか。当時、僕は彼の暮らしていた部屋にしょっちゅう寝泊まりしていたのですが、寝しなにはたいていこのアルバムがかかっていました。睡眠導入剤としてもとても良いアルバム。初めて聴いた時は、まさかこれほど自分にとって巨大な意味をもつアルバムになるとは思いもしませんでしたが。

どんな音楽なのか? 

ジャンルで言うなら、「ジャズ・インプロヴィレーションの要素を巧みに取り入れながらも、根幹はグレイトフル・デッドの音楽的・精神的潮流を汲んでいる4ピース・ジャムバンド」とでも言えばいいのか。しかし、そのような説明はこのバンドについて何を言ったことにもなっていない。このバンドの熱心なリスナーであった僕にとっては、僕が所属していた、或る世界の、或る世代の、或る時間軸の象徴なのだから。そして先に挙げたプライマル・スクリームが憧れの国イギリスの象徴であるとしたら、このバンドは僕が羨望したアメリカそのもの。

このアルバムに収められたほとんど総ての楽曲は20代の数多の思い出と直截に結びついていて、今でも再生すると、身体の深いところできゅんきゅん共鳴しているのがわかります。世代的……っていう言い方はしたくないのですが、或る程度は致し方ないですね。それは9枚を選ぶ過程でしみじみ感じたことです。

 

7 小沢健二『犬は吠えるがキャラバンは進む』

18歳の秋から冬にかけて、高校の帰り道(吉祥寺・井の頭公園)、このアルバムをsonyのCDウォークマンで聴きながら歩いていた日々を異様に(本当に、奇妙なほどくっきり)憶えています。リアルタイムで、ほとんど離れずに聴いてきたミュージシャンは否応なしに貴重かつ特別な存在ですが、僕にとって日本のミュージシャンでは岡村靖幸と小沢健二と次に述べるフィッシュマンズがこれにあたります。

小沢健二(オザケンとは呼びたくない)のアルバムはフリッパーズ・ギター時代から、2002年に発売されたソロ4枚目『Eclectic』(これは彼の今際の際的表現と呼びたくなるような素晴らしい作品)までじつに熱心に聴いてきたし、思い入れの深い楽曲は10本指では数えられないほどあるし、記したいことも400字では絶対に収まらないくらいたくさんさんさんあるのですが……。

しかし1枚のみ挙げるとしたら、それほど迷わずにこのデビューアルバムを選ばざるえを得ません。やたらざくざくした演奏。雨中の森のようにこもったデッドな音像。詩的と呼べそうだが、安易に呼びたくもない、むやみに胸打つ歌詞。恐ろしくつたなく、恐ろしく真っ直ぐな歌唱。その全てが一体となって、一体となって……? うーん。やっぱりこれ以上は気が乗らない。今晩、久しぶりに棚からCD 、押し入れからCDウォークマン引っ張り出して聴いてみることにしよう。

 

8 フィッシュマンズ『宇宙 日本 世田谷』

ああ、これかあ……(どんどん筆が重くなっていくのを感じます)。

ボーカリスト逝去による解散まで長らく聴いていたバンドですが、もし、このアルバムがなかったらここまでは自分にとって特別なバンドにはならなかったような気がします。

このバンドについて記す時、やたら感傷的になるか、あるいは「伝説」「奇跡」じみた扱いをされる方が多いように思うのですが、それにいささか違和感を禁じえない人も多々いると思うし、敢えてそう申しますのは僕がそうだからであります。

ボーカリストであり(きっと好き嫌いあるでしょうが、1度聴いたら忘れられない歌声です)、作詞/作曲を手がけていた佐藤伸二は、僕にとっては、ミュージシャンであると同時に、偉大な詩人たちと並ぶ現代詩人だった。そして、この人の作る詩の響きはこのバンドの奏でる軽くて重くてサイケな音像によって最大限まで引き上げられた。そんな彼らの楽曲は、メガトン級に耳を打ち、心に響いた。こんなこと、詩のみではできないし、音だけでもできない(はずだ)。どうしてこんなことが「アリ」なんだろう? 詩と音が「ともに奏でられる」というのはどういうことなんだ? 聴くたびにそんな面倒なことを思った。そのくらい圧倒的だったから。

そして今、フィッシュマンズのと或る曲を脳裏に蘇らせながら、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のことを思い出している。僕の内には両者に通じるsomethingがあるらしい。そんな所感、まったくありふれているよ! と君は言うかもしれない。でも、本当にそう思った。

 

9 バッハ『ゴールドベルク変奏曲』グレン・グールド(ピアノ)

ようやくラストまで来ました。

このアルバムを挙げたことは、バッハの音楽が自分を構成したということを意味するのか、それともグレン・グールドの演奏が自分を構成したということなのか? 言うまでもなくどっちもだ。或るピアニストが奏でるバッハの曲というカテゴリーでは、リヒテルの弾く『平均率クラヴィーア』やケンプの弾く『イギリス組曲』も数えきれないくらい聴いてきた。でも、僕にとって「入り口の石」となったのはやはりグールドのこのアルバムであります。

グレン・グールドはデビュー時(55年)にも同曲を録音したアルバムをリリースしています。それは当時も現在もセンセーショナルで、ファッショナブルで、エポックメイキングな(はずの)1枚でした。当時、僕はグールドのバッハを聴くにあたり、まずそちらのアルバムを通してきっかり100回聴いた(いちいち数えていたのです)。

そうして心の準備ができてから、グールド晩年にリリースされたこのアルバムを恐る恐るCDプレイヤーに入れ、再生した。その時の感動。や、感動というのはちょっと違う。驚きと困惑を多分に含んだ懐かしい《アリア》の後、第2楽章の最初の打鍵が響いた時の納得感、そして哀しみを含んだ喜悦のような感情を忘れることができない。これこそが、自分を構成するであろう演奏になると得心した。それから最後のアリアで続いた、あの得体の知れない、しかし同時にほっとするようなような奇妙かつ本来的な感じ。それはグールドの演奏によるものなのか、あるいはバッハの作った『ゴールドベルク変奏曲』というハープシコード曲にもともと含まれていたものだったのか……。そう、それは冒頭に述べたように「どっちも」。

グレン・グールドという天才的に優れた演奏家は、センセーショナルなデビューと人前での演奏会封印の後、日々の修練と妥協しない「ひきこもり演奏」、そして卓越した録音によって瞑想的な装置(あるいは敬虔な巫女)と成って、ヨハン・セバスチャン・バッハの音楽的精神を余すところなく、透徹な精神と宗教的恍惚と人間的諦念をもってすっかり蘇らせたように思う。そこにはデビュー時のような美しいエゴと天才的スピードの代わりに、バッハの魂に殉じ、同化したグレン・グールドなるいちピアニストの魂があった。その魂は彼の指先1本1本に漲り、かくしてバッハの偉大なる楽曲は完璧に近い形で盤に刻まれたのだった。

そういうわけで、この盤は聴くとすこぶる疲れるからなかなか聴けないんですけど。

 

以上、「私を構成した9枚」でした。長々と読んでくださったありがたい方々に感謝します。ちなみに以下、「私を構成する9枚」ですが、こちらは現在進行形的な9枚なのでコメントは控えさせて頂きます。

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#私を構成する9枚