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水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

限りなく12月めいた10日間の不思議(5日め)

f:id:lovemoon:20151223003032j:plain昨日目論んでいた通り、今日の夕方は久しぶりに近所を走った。走る前は10キロは走りたいな、と意気込んでいたのだが、それはまったき甘ちゃんだったようだ。ナイキのランアプリで計測してみたところ、私はたった5.84Kmしか走れなかった。しかし、それは予想がついていたことだった。走り始めるとすぐに、自分がどのくらい走れるかは体感でわかる。今日は500メートルくらいで、両のふくらはぎが「あんちゃん、わるいことは言わんからやめとき」って囁いている声が聴こえた。ふくらはぎにスノッブかつヤクザな口調でそう言われると両脚は「さあ、前へ前へ!」っていうような心持ちを失ってしまう。さらに、「あんた、ホントに走るんかw」と両膝が冷笑的、かついかにも面倒そうな視線を投げかけてきた。私は今日、脚全体から「ケチ」をつけられていたように思う。こういう時は、気持ちも簡単には回復してくれない。

 

ここんとこ、ろくすっぽ走らずに酒ばかり呑んでいたから、早々に息が上がってしまうのではないかと懸念していたのだが、それは思っていたより大丈夫だった。息は上がらない。でも、とにかく疲労と痛みが足にクる。明日は立ちっぱなし(たぶん)で名曲喫茶仕事だってのに、こいつぁ頂けない。でも、ろくすっぽ走っていないのだし、まあ、しゃあない。ろくすっぽ走っていないのに、10キロを余裕シャクシャクで走ろうなんて、虫が良すぎるというものだ。とにかく、やはり自分には走行量が足りず、両脚の筋肉が弱っている/落ちている、ということが5.84km走ってよくわかった。もちろん年齢もあるのだろうが、年齢のせいにするよりは、もっとたくさん走って、両足を「その気」にさせるのが先決だろう(と、たまには前向きになってみよう)。

 

それにしても、今日履いていたジョギングシューズ(asicsのnewyorker13)は俺をよく守ってくれた。ジョギングにおいて、もっとも大切なのは何ですか?と訊かれたら、今の俺は諸手を挙げて「ジョギングシューズ!」と答えるだろう。演奏において、もっとも大切なのは何ですか?と問われたら、「楽器です。」と答えてしまうかもしれない。スケッチにおいてもっとも大切なのは?と問われたら、「絵筆と絵の具です。」と答えてしまいそうだ。

もちろん「やる気」なるものは言うまでもなく大切だけど、もしあなたが革靴を履いてたら、あるいは、調律されていないピアノを弾いていたら、ばさばさの絵筆を使っていたら、きっと走る気力を、弾く気力を、描く気力を失ってしまう。あなたに合ったシューズがあなたをロードへと導く。あなたにあったスタインウェイがあなたをステージに導く。あなたに似合ったドレスがあなたをランウェイに導く。それがasicsシューズの根底に流れる哲学のように思われる。

 

しかし、昨年まで愛用していたmizunoのジョギングシューズ(今はソールが磨り減ったので普段履きとして使っている)はちょっと違う。mizunoのシューズは「私は走るあなたの主体性と自発性をサポートするだけの存在であります」という立場を取る。ゆえに、asicsのは、ぺたぺた(あなたの両足をお守りします)という音がするし、mizunoのは、ざっざっ(あくまで走っているのはあなたですよ)という音がする。正直、僕はmizunoのシューズの方が断然合っているようだが、夏に間違えてasicsのシューズを購入してしまったから、最近は仕方なくasicsで走っている(それが最近走れなくなっていた原因の一つかもしれない、とシューズのせいにするのは容易いのだが)。
でも、今日はasicsのぺたんぺたんしたソールが有り難かったな。もしmizunoのを履いて走ったら、私のランナー的エゴが増大し、無理矢理に8キロとか9キロ走って、両足に相当なダメージを与えていたかもしれない。だから、asicsは安全靴。mizunoは戦闘靴。そう心に留めておこう。と、こんな私のシューズ与太話は誰の興も惹かないだろうから、止めておきましょう。

 

 

しかし、走ったばかりだから、今日は走ることしか書けそうもない。
夕方の皇居周りに思いを馳せてみる。僕は常人らしく、皇居ランがわりと好きです。中央線を降りて八重洲口を出て、着替えをコインロッカーに入れて、皇居に向かう途中の心がぴんぴん張る感じ。いかにもTarzanなど読んでいそうな、あるいはいかにもジョグ・ウェアをOshmansあたりで買っていそうな30代男女の、収入も健康もたくさん持っていそうな余裕を滲ませた男女が、清潔感と、高揚感と、いささか浮わついた雰囲気を全身からたっぷり漂わせながら走っている。そうした連中には目もくれず、中継地点でストレッチしたり、ボトルから浴びるように水を飲んでいるTarzanともoshmansも無関係そうな(もっとガチ)本気っぽいランナーたちもそこここに見受けられる。
僕はそのどちらにも属さず(属せず)、中途半端な服装でたらたら走りたい。15キロ走り終わった後、東京駅の中で食べるおいしい中華そばとビールのことばかり考えながら走る。ノイズ・キャンセリング・イヤフォンで周囲の音をシャットアウトし、厚手のニットキャップを被り、自らの呼吸音と心臓音に耳を澄ませながら、やたら静謐でほの暗い皇居周りを、お洒落なジョガーやタフ・ジョガーに追い越されまくりながら。でも、これから3年後は見てろよ……などと無根拠な猛々しさを内に秘めつつ走りたい。

 

そういうわけで、明日は筋肉痛の名曲喫茶で私の1日は幕を開けます。天皇誕生日にコーヒーとクラシックで乾杯! おやすみりん。