水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

限りなく12月めいた10日間の不思議(1日め)

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というタイトルで、今年最後の日記(みたいの)を記すことにします。

なにしろもうすぐ2015年も終わるので、何かしら年末っぽいことをしたいと思いまして。しかしながら私の場合、この日記(みたいの)を記してここに公開することくらいしかできることなさそう。そういうわけで、今日から10日ばかり、いつものようにつまらぬ私事ばかりの読み辛い記述が続きますが、気が向いた時に読んでやってください。

12/18(金)晴れ

今日は朝から鈍い頭痛で目が覚めた。わかっている。これは安い日本酒特有の二日酔いによる頭痛である。ずきずきずき。

それというのも昨日の晩、駅前のスーパーにいつもの日本酒を買いに行ったら、同じ棚にあった見慣れない一升瓶(1700円)に目がいき、「おっと、こっちに切り替えれば、毎月の酒代がかなり安くつくな……」などと小賢しく考えた末、そちらの瓶を抱えてレジに持っていったのだった。

そうして帰宅し、熱燗にして呑んでみると、いかにも安酒っぽい吟醸香(みりんみたいな、鼻につんとくるやつ)がしたものの、わりと呑みやすかったから、買ったばかりの本を読みながら徳利を空にしているうちに、いつのまにか3合呑んじまったというわけだ。

ちなみに読んでいた本はご存知アーネスト・ヘミングウェイの『老人と海』で、僕はヘミングウェイはかなり好きな作家だが、十代の頃から『老人と海』だけは(ごく短い話にもかかわらず)どうしても最初の数ページで挫折してきた。でも、Amazonで馴染み深い翻訳者(『ライ麦畑でつかまえて』『グレート・ギャツビー』などを訳している野崎孝さん)の訳書をKindle本で見つけたので、買ってみたらすこぶる読みやすく、物語も胸にひしと迫るものがあった。やはり訳者は大切です。原文で読めればなお好いのですが。

老人と海

老人と海

 

話が逸れました。結局、やはりその秋田産の安酒(わるい酒ではないのだが、名称は伏せておきます)が身体に合わなかったのか、あるいは3合も呑んじまったからなのか、今朝は相当にぐらぐらした目覚めでした。おとなしくいつもの日本酒を買うか、白ワインかビールを飲んでいればこんなことにはならなかったのだが。しかし、済んだことをとやかく言うのは止そう。それよりも、明日のことを考えよう。

明日は月草(私の営む名曲喫茶)でKさんによるクラシックギター演奏が2時間入っています。さらに明後日は、今年国立音楽大学を卒業したばかりの女性2人によるクラリネット・デュオ(初演奏)があります。月草はコンサートスペースではなく、あくまで名曲純喫茶なので、営業中の生演奏が2日続くのは例外中の例外ですが、クリスマスも近いということで、きっとお客さんも特別な雰囲気を楽しんでくれることでしょう(そうでありますよう)。

昨年から月に1度(たいてい月初めの土曜日)弾いてもらっているKさんのクラシックギター演奏は、当店の空気を緩ませ、ときに引き締め、僕の疲れた心を癒してくれます。Kさんは僕の考える「営業時間内のゆるい演奏」を理解してくれていて、最近、ますます店内の雰囲気に合わせた演奏をしてくれているような気がします。

当店では演奏中、お客さんにはコーヒーを飲んだり、カレーを食べたり、ワインを飲んだりしながら気楽に(気軽に)生演奏を含めての「空気」を楽しんで(あるいは憩って)頂けたら、と勝手に思っていて。

両膝に両手を置いて一音一音に集中して聴く、というよりは、演奏者とお客さんがそれぞれに思いを馳せながら、虚空から出でる音に耳を傾けているようなイメージ。だから曲間の拍手はなし、MCもなし、リクエストはたまにあり。そのくらいラフなほうが、演奏者の方もお客さんも店主(僕)も心やすいのではないか……と店主は勝手に思っております。今のところ。

そういうわけで、いささか長くなりましたが、おやすみなさいませ。好い夢を。