読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

熱海道中記(再載)其の三

 f:id:lovemoon:20151124132551j:plain

再びやってきたのは熱海駅前ドトール。

チーズトーストを注文。ドトールのチーズトーストはこれまでに何枚食べたかわからないくらい食べている。ラクト・ベジタリアン(寄り)のぼくにとってはじつにありがたメニュー。何の変哲もない、チーズを載せて焼いたトースト。だけど、ちゃんとチーズとトーストの味がして美味しいのです(しかし近年、付け合わせオリーブ2粒がなくなってしまったことが悲しい)。

 

思えば、旅先ではどこに行っても朝食はトーストとコーヒーばかり求めてしまう。白米やら味噌汁やら漬物やらを旅先で食べたいとはあまり思わない。それはぼくがパン党である、とか、70年代生まれの外国かぶれである、とか、そういった話とはあんまり関係がない。御飯と味噌汁はぼくにとってとても大切な存在である。もちろん。日本人ですから。しかし朝食では、しかも旅先では、圧倒的にパンを欲する。朝食に洋食か和食かを選べるホテルではほぼ確実に洋食を取る。旅先で朝食にお膳が出てくると、どうにも落ち着かない気分になってしまうのだ。

 

話逸れました。とにもかくにも熱海で食べても、東京で食べてもまったく味の変わらないドトールのチーズトーストをもぐもぐ頬張ったあと、ブルーマウンテンを注文。その時、ふとレジに陳列してある「黒糖くるみ」に目が留まり、このところ砂糖を摂らないようにしているぼくだが、なんとなく疲れが取れそうな気がしたので購入。

黒糖が申し訳程度にまぶされたクルミと、微かな酸味と焙煎の香ばしさが立ったブルーマウンテンはよく合う。おかげで疲れがほんの少しだけ取れた……ような気がした。この黒糖クルミ、母が好きそうだな。おみやげにもう1つ買って帰るか。

持ってきたハードカバー本をリュックから取り出し、ひとしきり読みふける。旅先のドトールでは否応なしに読書がはかどる。どうしてだろう。

 

本を閉じ、ふと窓の外を見ると、すでに暗くなっている。しまった! 熱海サンビーチでビールを呑みながら夕日を眺めるはずだったのに! 

急いで外に出てみるも、すっかり陽は落ちている……でもとにかくサンビーチへ足を向けた。他に選択肢はあったか? MOA美術館? 秘宝館? 熱海城? いやいや、とてもじゃないけど、そんな「ハレな」場所に赴く気にはなれなかった。もしもこの先、再び熱海に来るとしても(来るのだろうか?)、ぼくは宿とドトールと熱海サンビーチを往復し続けるだろう。そんな気がする。いつだって、何処に行っても、ぼくの行動範囲はとても狭い。ニューヨークに行こうと、アラスカに行こうと、アムステルダムに行こうと、きっと(自分なりに)居心地の良い半径1キロ以内をうろちょろしていることだろう。ぼくはそういう人間だ。自転車がない限りは。熱海にレンタサイクルってないのかな? もし自転車をかりていたら、もう少しは行動範囲の広い旅になるだろうが。四国では自転車が必須だった。高松は自転車を使わなければ、その魅力の半分も見せてくれない街だったように思う。

 

サンビーチに向かう途中、「立ち寄り温泉」がいくつか目に入る。入浴料はだいたいどこも1500円前後。だいぶ冷え込んできたし、立ち寄っても良かったのだが、熱い温泉に浸かったら、泥のようにたまっていた眠気と疲れが表面化してきそうなので我慢した。ぬるい海に足首入れられれば、それでいい。 

 

 

12年ぶりの熱海サンビーチ(写真)。ぼくはたいへん視力が低い(0.1もない)わ、あたりは暗いわで砂浜の様子はさっぱりわからない。だからかな、以前よりもずっと素敵な海に見えた。小ぶりの海。さざ波立つ海。人気(ひとけ)のない海。かろうじて見えるのは波打ち際でじゃれあっている若々しいカップルと、アンニュイな雰囲気を漂わせながら、暗い海岸を手も繋がずに歩いているカップル……そして100万ドルの街の光彩を受けて煌めく水面。

ぼくはといえば、石畳を上がって、波打ち際の逆から海を眺めてた。でくの坊か、案山子みたいにぼおっと突っ立っていた。どのくらい? たぶん1時間くらい。海辺にいるといつも時間を忘れてしまう。海辺はいつだって必要だ……海辺に来ると、いつも思う。もし家の近くに海があったら、ぼくは人生のかなりの時間を海を眺めることに費やすにちがいない。でも――あるいはもし近くに海があったら、そんな有難みなんてすぐに消え失せて、海辺は日常風景となり、わざわざ足を向けたりしなくなるのだろうか? どうなんだろう。

 

しかし1時間以上も水辺で突っ立っていると、当然のことながら腰を下ろして酒でも呑みたくなるものだ。海のすぐ近くに全国区で有名な「すかいらーく熱海店」(30年前からあるそうだ)がそびえ立っているのだが、窓から海が見えるフロアは夕方で閉鎖されてしまうから(何故だろう?)、きっとろくでもない席に通されることになる。そこでは不倫旅行中の中年たち(はだけた浴衣姿)や、慰労旅行中の老人たち(ジャージ姿)や、夜更かし中のやかましい地元のヤンキー(やはりジャージ姿)で埋め尽くされているだろう。そんな席で瓶ビールなんて飲んだってちっとも楽しくないだろうから、セブン・イレブンにビールを買いに行くことにしよう。

セブンイレブンでトマトジュースと琥珀エビスを買い、また海辺に戻る。途中、2匹のひもじそうな猫を連れたホームレス(のように見えた)の中年女性が道路に横たわっているのを見かけた。寝ていたのか? 2匹の猫はお腹を空かせていたのか? セブンイレブンで猫缶を買って与えるべきだったのか? あるいは勇気を出して、おばさんにツナマヨおむすびを渡してあげるべきだったのか? ともあれ、その時のぼくがやったとことといえば、ベンチで座ってレッドアイを作って1人で呑んでいただけだ。

風が強くて寒い、とても。だけど、少しばかり酔いが回ってきて身体が火照るのを感じる。それで相殺。目をこらしていると、若年のカップルが手をつないでぼくの前を横切り、石畳をホップ・ステップ・ジャンプで渡ってく。初々しい。若々しい。地元の付き合い始めカップルか? とにかく熱海サンビーチ周辺には若いカップルの姿がやたら目に付く。

 

レッドアイを飲み終わってしまったぼくはこの春のために選曲したmixCD(試作品)を聴きながら熱海サンビーチを端から端まで歩いた。そうなんだ、打ち寄せるさざ波も、足首を濡らすことはなくて、やたら弱々しく引いていく。ぼくは春らしい音楽を聴きながら、散っていく桜の花びらのことを思いながら、ひたすら砂浜を歩き続けた。それ以外にやるべきことなんて他に何にもないもの。とにかくお腹を空かせる必要があった。だけど、そんな時間に食べるべき、心躍る食べ物なんて、何も思いつかない。こうなったら駅前に出て、『笑笑』に入ってほっけと日本酒でも頼むか? いや、それはないな。君だったらどうする。

(次回は最終回!)