読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

ルドルフ・ゼルキンのシューベルトは何だって懐かしい。何故なら……

f:id:lovemoon:20151119012414j:plain

さて、今日は何を記せばいいのか? 何を記せるだろう?(心の声) 

今、気分はブラジルの湿原地帯に迷い込んだドジョウの如くずぶずぶに落ち込んでいる。実を言うとこの3日間、ずっとだ。理由は、ないけど、ある。あるけど、ない。それというのも、どんな気分だって——嬉しい時だって、悲しい時だって、平穏な時だって——それなりの、それらしい理由はあるのだし、ないのだから。

だからさ、いちいち理由を探して検証してても、キリないじゃないか。それよりは、酒を飲むか、ジョギングシューズを履いて近所をひた走るか、こうして手を動かしていたほうがずっと良い。(そうだよね?)

 

11/18(水)雨

今日は1日中雨が降りしきっていた。真夜中、日付変わって今もまだ降っている。

今、シューベルトのピアノソナタを聴きながら、吉祥寺の駅ナカスーパー(ガーデン)で買ってきた「丸眞正宗」という、相当にすっきりした後味の東京産の酒をきこしめしながらこれを記している。これを記すところまで「ようやく辿り着いた」と言うべきか。さっきまでは、ICカードを改札にタッチさせたり、酒瓶のキャップを外したり、CDプレイヤーにCDを入れるのすらもばりばりに面倒だった。そういう日も(もちろん)ある。ありますよね? そういう日がかれこれ3日続いていた。その理由は自分なりに理解っている。しかし、その理由を論(あげつら)って検証するのも、詮なきことだ。あ、さっきと同じことを言ってるな。

それよりも、このルドルフ・ゼルキンのピアノに合わせて、自らの心(私も一応持ち合わせている)と、このブログを更新するほうがずっと有用で賢明で常用だ。そうですよ。

 

前置き長くなりました。

シューベルトのピアノソナタ20番(イ長調D.959)はたぶん1000回くらい聴いている。いや、それは大袈裟か。でも、たぶん500回は聴いているだろう。ピアニストは、ほぼアルフレッド・ブレンデル、最近はおもにアンドレアス・シュタイアーのフォルテピアノで聴いている。しかし数日前、アドルフ・ブッシュとのデュオで長いこと馴染んできたルドルフ・ゼルキンで聴いてみようと思い立って、久しぶりにAmazonで新品のCDを買い求めたのだった。

そうして、この4日間、心と身体に馴染ませるべく、ずっとずっと聴いている。端的に言って、聴けば聴くほど、「たどたどしい」演奏に感じる。一本気で、慎重で、不器用だ。そういうところが、いかにもゼルキンらしい演奏と思える。チャーミングだし、筋が通っているし、ブレンデルのように天才的じゃない、まったく。

しかし、僕がこの生涯においてもっとも回数を重ねて聴くであろうピアニストはルドルフ・ゼルキンだろうと(今のところ)強く確信している。次にワルター・ギーゼキングが来て、たぶん次にグレン・グールドが来るだろう。あるいはリヒテル(今、酔っぱらっているのでフルネームを忘却してしまった)かエドウィン・フィッシャーかもしれない。しかし、それは生涯を俯瞰できる日にならねば判らぬことです。 

 

そうだのこうだの言っているうちに、ゼルキンのたどたどしいシューベルト20番は今、終演に近づこうとしている。麗しの第四楽章が終わろうとしている。僕はこの第四楽章を聴きながら、幾度となく君のことを考えたような気がするよ。君は生涯最後にあたる時期、きっとこの曲を奏でるだろう。それは僕のイメージの中の君でしかないが——君はきっと相当に年老いているだろう。髪の毛はほぼ真っ白で、顔には数多の経験と自分だけで辿り着いた確信と諦念にみちた表情、そして、それに伴った確かな、そして適切な年輪が刻まれていることだろう。でも、マルタ・アルゲリッチにはそれほど似ていない。内田光子さんにもたいして似ていない。ただ、君はただ、ずっとそうであったように——君でしかない。

生来的に、謙虚で引きこもりがちで自己完結的な君のことだから、きっと「誇らしげ」というよりは——ただ爽やかな喜び、そして厳かさにみちみちた、あまり打ち解けなさそうなあの硬い笑みを浮かべつつ、力強く、柔らかく打鍵していることだろう。目を瞑ったまま。その強く瞑想的な打鍵を誰にも止めることはできない。あるいは僕なら止められるのかもしれないが(どうかな)、きっと僕はその時、もうこの世にいないような気がする。このルドルフ・ゼルキンのたどたどしい演奏はそんな計り知れない時間のことをたった今、思い起こさせてくれたのだった。

シューベルト:ピアノ・ソナタ第20番、第21番、第15番「レリーク」&即興曲

シューベルト:ピアノ・ソナタ第20番、第21番、第15番「レリーク」&即興曲