水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

今後、「写真なし」の記事が増えるきっかけになる(かもしれない)日

こんばんは。

ぶしつけですが、普段、iPhoneやデジカメで何となしに撮った写真を選び、冒頭に貼ってからこのブログをしたためる(あるいはしたためてから写真を貼る)ことが多いのですが、正直言って、それほど写真を貼ることに積極的なわけではありません。何しろ、僕は写真を撮るのがあんまり上手じゃないし、自分のブログは「本文のみ」というのがなんだか本来的な気がするので。

とはいえ、読んでくださる方にとってはたとえ下手な写真でも、ないよりはあるほうが「とっつき」も(ちょっとは)良いだろうし、その日のthemeのようなものを写真に付託することもできるし、ブログに写真を貼るのは昨今の主流だし……みたいな感じで、このブログではほとんどの記事に写真を(ときに無理して)貼ってきましたが、こうやって記しているうちに、やっぱり「己のブログは本文のみが本来的なのだ」という思いがますます強くなってきましたので、今日を境に、「写真なし」の記事が増えるような気がします。でも、常人らしくなるべくたくさんの方に読んでもらいたいという目論見もありまして……これは矛盾ですね。とりあえず、写真の件はいったん置いておきましょう。

ともあれ、今日は写真なしに、1600字ばかり(とあらかじめ決めておく)徒然なるままに日記(みたいの)を記してみようと思います。

 

11/10(火)雨

今朝は厭になるほど現実的かつ、げんなりするような夢を振り払うようにして、どうにか午前中に「がばっ」と目覚めた。昨晩危惧していた、風邪と花粉症はだいぶ抜けつつあるようだ。喉の痛みと咳が軽くなっている。普段、同じベッドで眠っている小動物がいない、と思ったら、珍しくソファの上で丸くなっている。きっと、僕が眠りながら、ネガティブで穏やからしからぬ気配を四方八方に放っていたのだろう。猫は同居人のオーラにきわめて敏感な生き物だから。

窓の外ではしとしと雨が降っている。音がしなくても、窓を閉めていても、秋の長雨は気配でわかる。もう何時間も前から草木を濡らし、アスファルトを灰色に染めていたのだろう。

かねてより、晴れよりも雨や曇りのほうが精神的に落ち着く性質だから、何処かに出かけなくても良い日、予定がない日、雨降りは、良く降ったね(Good rainning!)って気持ちになる。だけど、雨に降られて寒がっている人、心を重たくしている人、屋根を求めてひた走る野良猫やら人やら……の身になってみると、やっぱり晴れてるほうが良かったか。って気持ちになる。

でもそんなこと言ったって、この地球にはいつだって多少の降雨が必要なのだから、俺が勝手に想像を働かせて、晴れれば良かった、いや、やっぱ雨で良かった。なんて思いを巡らすことは詮無きことだ。

だから、とにかく今日はこの雨を喜ばしいものとして享受することにしようと思い、即座に着替えて、眠気覚ましに外に出てみることにした。1000円札を上着ポケットに入れて、ビニール傘を差し(「さす」はこの字で良いのだっけ?)、自宅から徒歩2キロくらいの人気お菓子店に向かった。その道(30年前、小学校に向かう通学路だった)は、それほど心躍る道ではない。小学生の頃からあまり好きな道でなかったが、舗装され、集合住宅が建ち並び、随分と景観が変わった今も、やはり好きな道ではない。僕はずいぶん長いことこの街に住んでいるから、好きな道、嫌いな橋、好きな公園、嫌いな駐輪場、好きな商店街、嫌いな交差点などがはっきりしている。もちろん、道や公園や商店街に問題があるのではなくて、たんに自分とそれらの「気」の相性のようなものだが。

さて、お菓子屋さんに向かう道すがらのことだった。公団住宅の塀の上に、ハム(みたいの)をくわえた1羽の真っ黒いカラスがぴたりと停まった。僕はカラスがそれほど得意ではない。とくに、何か得体のしれないものをくわえたカラスは。それで、私は、

あ、文字数1600字を越えてしまいそうなので、続きはまたのちほどに。おやすみなさい。