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水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

夕方について

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夕方、空が薄紫色に暮れなずむ頃が好きです。「そりゃ、まあ、みんな好きでしょうよ……」苦笑されそう。そうかもしれない。でも、それでも、やっぱり「私は、」って宣言したい。私は夕方のこと、もっと知りたい。いつでも夕方のそばにいたい。

 

たとえば夜明けも、生まれたての朝の光も、そりゃあ素敵(屋上で煙草片手に空が白むのを眺めていると、やっぱりぐっと来ます)とは思うのだけど、好き、とは言えません。何かよそよそしいというか、遠慮してしまうというか、きっとこれは他の誰かのための時……つまりは「自分の時間じゃない」って気がしちゃうのです。

真夜中はじっくり、なんやかやするにはすこぶる落ち着く時間だけど、心が本来性を取り戻す時は間違いなく夕方。時刻は……季節によって変わるでしょうが、陽が沈み始めてから暗闇に包まれるまでの、およそ1時間ばかり。相当に出不精な私だが、そんな黄昏時だけは、いつでも外に居たい。春でも、夏でも。秋でも、冬でも。季節がなくなっても。世界がなくなっても。自分がなくなっても。

 

今日は都合良いことに、母と隣町の店で夕食を一緒にする待ち合わせをしていた(ここんとこ、週に1度ないし2度の楽しみ)。1時間ばかり早く家を出て、大通りをよろよろ(断酒明けだからたぶんよろよろしていたはずだ)歩いていき、17時頃、こじんまりとした公団内集会場の隅っこにある、真新しいベンチに辿り着く。腰を下ろし、持ってきたウィスキーの小瓶を開け、ひとくち、ふたくち呑み下す。ため息をつく。

 

このところ、こういう酒がもっとも自分らしい、心やすい時間と感じる。ベンチに座って、暮れなずむ空を見上げ、立ち並ぶ団地の窓の明かり(カーテン越しの灯りから、慎ましく幸福そうな生活の情景がほの見える)を眺めやり、ちびちびと(なにしろ1時間近くいるので)飲む。柿ピーかアーモンドもあれば欲しいが、ない。

時間が普段よりゆっくり流れているように感じる。それは「夕暮れ」という、短くて限られたインタールードに滑り込んでいるから……そんな風に、ウィスキーのCMっぽい気分に浸るつもりもないのだが、それにしても、秋の夕暮れは強烈だ。賢しらな考えや、夜の予定や、茶目っ気(僕も一応所有している)や、憂鬱(僕も一応持ち合わせている)なんかを、パレットに水彩絵の具を何色かぶちまけて、水をたっぷり(必要以上に)加えるみたいに、じゃぶじゃぶ溶かしてしまう。そんな状態で何か考えようとしても、思い出そうとしても、誰かを想っても、iPhone開こうとしても「今はいいや。」ってなっちゃう。この酒とこの暮れなずむこの空があれば。そんな風に、うっちゃって、単純で、安直で、子供じみた酔っ払い気分に浸っていた。

 

幼少の頃ーーあるいは大人になってからでもいいですが——帰り道にしょっちゅう通る公園なんかで、ビールやワンカップを片手に顔を赤らめて、

全ては終わった。だから、今は何もかも知ったこっちゃない。

っていうような、もはや話が通じなさそうな、赤らんだ顔して、ベンチにふんぞり返った、いけすかない御仁を見かけたことはありますか? さっき、自分はきっとそんな気分だったように思います。団地の住民さんや、高校生や、ベビーカーを押していく若い女性が近くをいぶかしげな表情で横切っていくたびに、後ろめたさと、根拠のない肯定感がみちていくのを強く感じていました。誰かの毎日が、いつでもこんな風にとっぷりと濃い夕暮れに彩られていますように、と心から思った。

 

あーあ、こんな他愛のないことを記すのにすっかり長くなっちまいました。おやすみなさい。明日は名曲喫茶仕事です。頑張りまーす。