水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

ゼルダ・フィッツジェラルドとパリ、そしてギオマール・ノヴァエス

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フィッツジェラルド最後の長編小説『夜はやさし』(作品社)の巻末に添付された書簡集(おもにフィッツジェラルド、ゼルダ、編集者パーキンズの間に交わされたもの)に収められている、ゼルダ・フィッツジェラルドがスコットに宛てた手紙——その全てが(彼女の置かれた精神状態はともかくとして)美しい。とりわけ、パリの描写が素敵だ。パリに行ったことのない私の中に、1930年のパリにきっと余すところなく宿っていたであろう、魔法のような輝き、宵闇の青、そしてドビュッシーの淡い音色がじわじわと広がっていく(なんてね)。ゼルダは書いている。

——パリは楽しかった? 誰かに会った? 五時のマドレーヌ寺院はピンク色だった? 噴水がコンコルド広場の囲いの中に虚ろに上品に降り注いでた? チュイルリーの鉄格子越しにリヴォリ通りの列柱の向こうから青がじわじわ広がって、陽を浴びたルーヴルは灰色で金属的で、木々がカフェの頭上をむっつりと覆って、夜には明かりが灯って、ソーサーの触れ合う音と車の警笛がドビュッシーを奏でて——

大好きなの、パリが。どうだった?(訳・森慎一郎) 

夜はやさし

夜はやさし

 

それで今、ドビュッシーのアラベスクが猛烈に聴きたくなっている。だが、探してもどこにもない。たぶん、全部店に置きっぱ。だからこれをかけることにする。

コンドン・コレクション9?演奏家編 イグナツィ・パデレフスキ/ギオマール・ノヴァエス

コンドン・コレクション9?演奏家編 イグナツィ・パデレフスキ/ギオマール・ノヴァエス

  • アーティスト: ノヴァエス(ギオマール)パデレフスキ(イグナツィ),ショパン,リスト,ゴットシャルク,シューベルト,パデレフスキ,アルベニス,メンデルスゾーン,ノヴァエス(ギオマール),パデレフスキ(イグナツィ)
  • 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
  • 発売日: 2000/07/26
  • メディア: CD
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コンドル・コレクション(全10枚)。名だたる演奏家のリプロデューシング・ピアノ(自動再生ピアノ)に記録された音源をオーストラリアの音楽学者デニス・コンドルさんが40年(!)かけてコンパイルした、お宝的ピアノ演奏史大編集盤シリーズ(オリジナル版では滅多に聴けない演奏が良録音でたくさん入っている)。

この盤(vol.9)はイグナツィ・パデレフスキというポーランド生まれのピアニストが7曲。シューベルト「ウィーンの夜会」「セレナード(きけ、きけ、ひばり)」が暖かい夜霧のようにひたひたと心に沁み入ってくる。

そして、ご存知(な方も多いでしょう)、ギオマール・ノヴァエス。

ショパンのエチュード、メンデルスゾーン「春の歌」は当然、陶然とするほど(冗談ではありません)チャーミング、かつ澄んだ水のように見事な演奏なのだが、最後の「ブラジル国家による大幻想曲」(L.ゴットシャルク)がじつに興味深い。

昨今の演奏家による協奏曲verで聴くといささか気恥ずかしいほど大袈裟、大時代的に思えてしまうこの曲(オリンピック開会式にはぴったりだろう)が、ノヴァエスの手にかかると(原曲はピアノ独奏曲)、南国的浪漫と小粋な華やぎにみちる。メロディは南国的だけれど、どうしてか、およそブラジルらしからぬ曲にも聴こえる。生粋のブラジル人であるノヴァエスはどんな気持ちでこの曲を弾いたのだろうか? 後半の流麗、しかし驚くほど強く、駆け抜けるような打鍵にはある種の愛国魂(のようなもの)が宿っているのだろうか? とにかく格好良いです。でも、パリの宵闇からは随分遠ざかってしまったな……いつかノヴァエスのドビュッシーが聴きたい。きっと、ゼルダ・フィッツジェラルドが思いを馳せるパリの喧騒にはノヴァエスのピアノが1番しっくりくるだろう……と、まだ聴いていないにもかかわらず、勝手に決めつけています。