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水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

名曲喫茶日和(あるいは勤務日)

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午前7時半起床。

土曜日だから(光の速さで週末がやって来る)、名曲喫茶を開ける日。おまけに(と言うべきか)今日は、月イチのクラシックギター生演奏が入る日。多分にのろまでせっかちな私でも、緊張し、朝からせかせかする。もちろん、店内で生のクラシックギターが聴ける、わくわく日でもあるのだが(毎月弾いてくれるKさんに心からありがとう)。

毎週名曲喫茶を開ける日、どのような気持ちでいるか?——自慢する気も大変ぶる気もないのだが、名曲喫茶を開店してからまる3年を過ぎた現在でも、初日の朝と変わらず、毎朝のように、心がぶるぶるとうち震えているのがわかる。それは「今日もこの地で名曲喫茶を開けられる」という悦びに咲く花的「うち震え」でもあと同時に、はたして、この日1日を無事に乗り切ることができるのか? (いろんな意味で)大丈夫か? そんな風に、ひしひし案じているうち震えでもあるように思う。

起床後、硬い床に20分くらい鎮座し、無心になる。その後、できれば起き抜けから白ワインでもぐっと呑みたいくらいだが、それもちょっと。なので、濃いアッサムティーを飲み、硬くこわばった筋肉をほぐす。身だしなみを整える。それらをすっかり終えないと、人前に立つことなどとてもじゃないが不可能だ。寝坊などしたら致死的事態である。大袈裟ではない。しかし、多くの人がそんなことを毎日のようにやっているのだ。私はまったく甘ちゃんである。それは認めなきゃならない。

でも、もし私があの店で余裕の立ち振る舞いをしているように感じたら、ああ、こいつは、本当は相当に激しいプレッシャーを感じつつ、しかしそれを一身に表現しながら働くのは芳しくないから、どうにか余裕綽々の「てい」でやっているのだなあ……などと思って頂ければ之幸いにあります。(と、さらに甘える私)

 

ともあれ今日も無事に名曲喫茶仕事を終え、無事にこれを記しています。今日(土曜日)と明日(日曜日)はいささか違ったモードに悟入している。之すなわち、「名曲喫茶日和(あるいは勤務日)」というやつ。

話は変わるけど、昨日、N響コンサートを聴きに渋谷NHKホールに行ったことを好い機会に、大好きな名曲喫茶『ライオン』に赴いた。2度も。1度めは、モレーノ・トローヴァのギター協奏曲を聴いた(素晴らしかった!)。2度めはエルガー『威風堂々』(威風堂々の名に相応しい演奏だったが、N響の後だからか、しっかりと耳に入ってこない)を聴いた。ともあれ、NHKホールとライオンの空気は、僕にとって、まさしくfeel like coming homeであった。もぉ、ただ、丸亀製麺とライオンと喫茶羽富とNHKホールを行き来していたい……。

いささか酔っているので(またか!)またまた話は変わるのですが、最近、よく思うこと。自分はどうしたって、こういう人間なのだから。開き直りではなくて、ここから逃れることはできないし、逃れるつもりもないし、きっと死ぬまでこうなのだから。誰も彼も自分に似て、自分は彼らによく似て、あどけなくて他愛なくてちょっと切なくなる。誰も彼も皆、生きて、愛して、死ぬ。ということは、可愛くて、切なくて、他愛なくて、いとおかしで仕様がなくて絶対だ。まったく、まったく。feel like loving you : )