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水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

生きることは

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↑知人・吉田隆志先生の個展に赴く。生きることのめくるめく素晴らしさ!(みたいのを感じた)

 

とても難しい。そうだよね?

そんなこと、わざわざ書くつもりはなかったのだが、現在は深夜3時で、いささか酔っぱらっているからか、

「生きることはとても難しい。そうだよね?」

そんなありふれたフレーズが頭の中をぐるぐる支配してしまったからか、ここに書かないわけにはいかなくなってしまった。

そうだね、生きることはとても(あるいは、かなり)難しい。

それはもう、敢えて書くまでもなく、改めて自覚することもなく、きわめて当たり前の事象ではなかろうか?

でも、生きることが「すんなり滑らか」であったなら、私は自分の内の「生きることが難しい性」を自分の内にしっかり保持しつつ、生きることの「すんなり」加減を取り上げ、持ち上げ、四方八方から眺めやりつつ、「いや、ちがう。ただもう、ここに居ることがありがたいんだから。」そんなふうに呟くことだろう。それで、その後はベルトコンベアーに載った総菜パンのようにすんなり生きられたら良いね。

 

さらに、誰かが誰かと共に生きるなんてこと、うまく考えられないことだ。自分1人でも手いっぱいだってのに、他者と心や身を擦り合わせて生きていくなんて、まるで夢物語(のように思われる)。でも、多くの人がそれをやっている(ように思われる)。これはちょっと凄いことではあるまいか。そうだ、凄いことだ。でも、この現実世界はそのようにして生成的にできているのだろう。

今夜、二十年前に知りあった、はるばる九州からやってきた友人女性(人妻)と待ち合わせ、自分の街(地元と言うべきか)を案内し、そこここ歩き回った。多くの知人友人たちに会い、愉しく酒を酌み交わし、優しく言葉を交わし合い、やがて思った。

「さて、そろそろ帰宅して押し入れの中に隠ったほう良さそうだ……」

そうして私は酒瓶片手にここにいる。結局のところ、私は典型的な押し入れ人間である。と、威張って、開き直っているばかりではいけない。明日からはもっともっと自然な押し入れ的人間になるのだから、たぶん。

おやすみなさい。明日があなたにとって、より快い1日でありますように!