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水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

連休、名曲喫茶、Something

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今日は朝から晩まで名曲喫茶仕事に従事していた。それ以外に何か記すべきことがあるだろうか? 

 

ある。

見逃したTVドラマ『ど根性ガエル』を観るべく、ついさっき、Hulu(動画アプリ)に加入した。2週間の無料視聴期間内に全話観るつもりだから、けっこうハードルは高い。

ある。

喫茶仕事の後、親しき人と隣町の久しぶりに行った素敵な店でイタリア料理を食べ、ワインを飲んだ。最近はほとんどサイゼリヤに行くことが多かったから、料理の美味しさ(あとグラスに注がれたワインの少なさ)にいささか驚いた。

ある。

今は午前3時半。今日は4時間しか寝ていないってのに、まだしつこく起きて酒を呑んでいる。きっと午前5時まではこうしているだろう。

どうしてか? 

現実世界に生きていると、自分と外界世界との間に軋轢(ギャップ)みたいのを感じずにはいられないからかもしれない。眠る前に、そのギャップ(みたいな違和感)を少しでも最小限に埋めてから眠りにつきたいからかもしれない。適当に書いたが、だいたいそういうことかもしれない。

夢はいつでも目覚めてしまうし、夢はたいてい現実よりも現実的で、夢のくせに、あんまり「夢のない」内容が多い。だから、積極的には夢を見たくない。かのソクラテスが、「死は夢を見ない眠りのようであってほしい」と仰ったそうだが、78%くらい同感だ。でも、美しい景色を見たり、爽やかな風を感じたり、心暖まる音楽を聴けたら、死んでも救われるなあ。と思ったりもしている。
だけど死の話はやめよう。考えることもよそう。だって、生きているのだから。生きている以上、ライブリーなことを希求し、ライフの中に居たいよ。だからって、実際に身体を動かしたり、スポーツ観戦したり、山に登ったりする必要はない(それはそれですこぶる楽しい経験だが)。
自室で猫の頭を撫でたり、夕方、窓を開けて缶ビールを飲んでいるだけで、きっとライブリーな気分になれるはず。でも、そこに「他者」の存在はない。私(君)は、自分1人きりでもライブリー(イキイキ!)な気分になれるかしら? 

なれるだろう。でもちょっと物足りない気分ではあるだろう。でも、個人的には、明日は1人きりでライブリーな1日を目指している。

君が「自分」として存在していることをふんだんに喜べるような、祝福できるような、たっとい、ありふれた1日でありますように!と、心から祈っております。