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水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

42年続いたT書店。その閉店日

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今日は休日。体調が芳しくなくて、9時間くらい起き上がれなかった。同じベッドで寝ている猫もしかり。小動物と人間の睡眠時間/調子は長くいればいるほど似てくるらしい。
食欲もまるでないが、いつもの習慣で人参ジュースを飲み、チーズトーストを焼く。クッキーをかじり、紅茶を飲む。まあ、ヘルシィ。

それからろくすっぽ何もできないまま、ひたすらぼーっとしていた。夕方5時頃、これではまずい、と思い立ち、おろしたてのジョギングスニーカーを履いて近所を6キロばかり走ることにする。
スニーカーを長く使っていたmizuno(すっかり磨り減ってしまった)からasicsに替えてみたのだが、驚くほど走り心地が違う。どちらが優れているとは一概に言えないが、mizunoのほうは昔ながらの「運動靴」らしい「ざっざっ」というような走り心地、asicsの方は、たとえアスファルトの上でも土の上でも、ゴムスニーカーで体育館の床を走っているような「ぺたぺた」した走り心地と言うか。摩擦/衝撃をソールのジェルがすっかり吸収/緩衝しているのがわかる。ちょっと、靴に走らされているような感じ。じきに慣れるだろうけど。


ジョギングから戻ると、夕食の時間。今日は母親と外で食べる待ち合わせをしているから、お腹が空いていないからと言って、時間を遅らせるわけにはいかない。
隣町にある小さな食事処(安くてお洒落)に自転車で赴き、「秋野菜カレー」(900yen)を注文する。母は「銀鱈の西京焼き定食」(1600yen)。これは良い魚を使っているのか、店でもっとも高価なメニューである。
この店は純米酒の揃いが良いので、食前に(あるいは食中に)1合呑みたいところだが、とにかく体調が良くないし、なにしろカレーなので、止めておく。もちろんビールも飲みたかったが、大瓶しかないので我慢。「秋野菜カレー」はなかなか美味しかったが、普段、辛いカレーを食べ慣れているので、なんだかハヤシライスのように感じる。じゃがいもの数がやたら多いのでお腹がいっぱいになる。


駅前に戻って、銀行でお金を下ろし、今日で閉店する書店に入る。これまでの感謝を込めて、この機会になるべくたくさん本を買おうと昨日から決めていた。
店内は僕と同じように、最後だからなんとなしに来てしまったであろうお客さんでひしめいている。今日は雑誌やマンガじゃないよなあ、やっぱり文庫本にしよう。と思って書架を物色していたら、あっというまに21時半(閉店30分前)。気がつくと、店内、凄い数のお客さんで溢れている。レジは初めてみるほどの長蛇の列。とくに個性もない、品揃えも良くない「ふつーの本屋」だったが、42年も営業したからか、やはり思い入れの強いお客さんが多いらしい(僕もそうだ)。時流によって変わらない店の象徴だったのであろう、ここは。

4 

閉店直前まで何を買うか迷いに迷ったが(なにしろ、ここでしか買えないような本は皆無なので)、1年前くらいから、よく立ち読みしていたT.S.エリオット『荒地』(岩波文庫)を購入する。好きな詩集だが、本の3分の2以上が訳注・解説なのでこれまで買うのを躊躇していたのだった。他にも文庫本を、とも思ったが、「これのみのほうが、後々、背表紙を見るたびにこの本屋のことを思い出すだろう」という理由から、1冊のみにした。

昔、ここで働いていたという友人女性が夫婦で挨拶に来ていたり、ぶらりとやってきた友人たちにも会う。彼らもそれぞれに「最後の1冊」を買っていた。ともに列に並び、最後は閉店する店の前で一緒に記念撮影した。

店の前にはなんと数百人もの地元民が集まっていて、写真を撮ったり、学生たちは騒いだり、年配の方々はぼんやりと店を眺めていた。最後、店員さんたち全員が出てきて、感謝のスピーチをしてくれた。「42年間、ありがとうございました!」こちらこそありがとう。そうして自動のシャッターがゆっくりと下りていった。
思えば、この本屋さんには子供の頃からしょっちゅう母に連れてきてもらって、たくさんの本を買ってもらったなあ。絵本、スヌーピーのコミック、ハヤカワ文庫の推理小説、ファッション雑誌、ゲーム雑誌、古典文学の文庫本、少年マンガ、参考書。そうした本がかなり僕の滋養となり、原材料となった。さようなら、ありがとう、T書店。もう会うことはないだろうけど忘れない。