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水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

「何している時がいちばん幸せ?」

10年近く昔のことだけど、今でも印象に残っている言葉。息子さんとお酒を飲みに立ち寄ってくれた、或る中年女性にカウンター越しにそう訊かれた。その日、週末らしく店内はざわざわ忙しなく、僕は母やスタッフの娘とともに、カウンターの中に立ち、せっせとカクテルや水割りを作っていた。

良い具合に酔っぱらっている方々は、皆、「とろん」とした眼差しをしてて、明日になったらすっかり忘れてしまいそうな罪のない話を交わしたり、まくしたてていた。件の中年女性も、ずいぶんお酒を飲んでいて(なかなかの酒豪だった)、頬を赤らませ、やはりとろんとした眼差しで、きっとあまり深く考えることなく、酔いにまかせて僕にそう訊いたのだろう。「あなた、何している時がいちばん幸せなの?」

それは何気ない、でも、よくよく考えると、けっこう答えに窮してしまう質問ではないか。彼女の隣では、息子さん(二十歳そこそこの若々しい男の子)が、「まーた、お袋、酔っぱらってんな……」と含ませた仏頂面で、テキーラのジンジャエール割りを飲みながら、隣り合ったレコードマニアの中年男性と気乗りしなさそうに言葉を交わしていた。

そして彼女の瞳には、「わかる? 私が1番幸せなのは、こうして仕事がひけた後、息子とカウンターのあるお店で心置きなくお酒を飲んでいる時なのよ。」そう書いてあるように思えた。彼女はそう確信していたし、誰でも良いからそれを表明したかったのだろう。だから、僕が何と答えようと、きっとどうでも良かったのだろうが、

その時、僕は生真面目に、「うーん、そうですねえ……どうだろ……あ、1人でお酒とかコーヒー飲みながら本読んでる時かな……」とかなんとか答えた。それは深く考えずに答えたわりに、要を得た答えだったように思う。今、自分に同じ質問を問うてみても、それはきっと、1人で酒を飲んでいる時か、熱い濃いコーヒーを淹れて、ページを切ったばかりの本を読んでいる時のような気がする。あるいは、静かで心地よい名曲喫茶に居る時か。あるいは……。

ともあれ(ジャイアン的まとめ)、人には誰しも、この時間がもっとも「心やすい」「自分らしい」と思える時間があるはず。「寝ている時」というのは、たしかに説得力ある意見だが、それはちょっとつまらない答えよね。

だからさ(出来杉くん的まとめ)、自分が生きていることをしっかり意識していながらにして、心穏やかで、晴れやかで、自分らしくて、楚々として、何にも妨げられていない、って思えるような時間。それはどんな時だろう?(再び自分に問うている)

それは、例えば多摩都市モノレールに乗って車窓の外を眺めている時かもしれない。西武国分寺線沿いをまっすぐどんどん歩いている時かもしれない。イヤフォンを耳につけてゲームしてる時かもしれない。何にせよ、それって全部1人だよね。それもちょっと寂しいやね。

でも、(こっそり言うと)現在同居している猫と母は、僕のパーソナルスペースに(こっそり)入ってくることができるように思う。母と行きつけの蕎麦屋で呑んでいる時、猫が僕の枕の横にぴったりと張り付いている時、僕は1人でいる時と同じように、あるいはそれ以上に、心底リラックスしているはずだ。

となると、これはすなわち、件の中年女性と同じような所感になってしまうのかもしれない。母や小動物と居る時。1人で物置部屋に閉じこもっている時。黙って酒やコーヒーを飲み、本を読んでいる時。こんな自分が幼少期から培われて、甘やかされ、育まれてきたのだった。変わらなければいけないか? あるいはこのままでいいのか? あるいは、何か全く違った気質が僕の内に芽生えることがあるのか? やれやれ、今日もすっかり私事(わたくしごと)ばかりで……すみませんでした。