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水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

暑さと夏

天の邪鬼なので、暑い。という言葉は基本的に封印しているのだが、やっぱり暑いよ。口には出さないから、せめてもう一度書く。暑い! しかし、この暑いっていうのは、ただ、暑いっていうのとはたぶんちょっと違うんである。「暑い、暑い」って口々に言う人たちはそのことを(言うまでもなく)了解している。暑い、は直喩ではなくて暗喩である。人は、「暑い」というひと言に何を含ませているのだろう? 

きっとそれは、「生かされている」ということだ。(と安直に言い切ってしまいたい)

夏、人は間断なく照りつけてくる太陽と、汗でシャツをぐっしょり湿らせる熱気と、直截に瞳の中に飛びこんでくる極彩色の光に驚異と敬虔さをびしびし感じてゐる。そして、それらは最終的に、ある種の諦念に辿り着く。人が暑い……と小声で漏らす時、「私は(否応なくも、有り難くも)生かされています。」と殉教者が手を合わたまま謝している、ように私は聞こえる、ことがなくもない。

そうして、私たちは太陽に比べたらずっと微力な存在ながらも、そのpower  of sunに抗おうと(いや、むしろそれを感じよう)して、コンビニで購入したアイスを食べたり、スイカなんぞをしゃにむに頬張る。ビールをぐいぐい飲み下す。そうして、驚異的なまでに巨大な存在に向かって、どうにか立ったまま、よろよろと、人としての自分、生きている自分、未だ「個」として在る生物としての自分をアッピールする。私は、まだ、生きて、おります。

そういうわけで、私は今、常人らしく、生者らしく、猛烈に暑がっているってことをアッピールしておきたい。さっき、母親に頼まれた玄米クリームを買いに近所の自然食品店に行った帰り道、ふらふらとコンビニに寄ってアイスクリーム(ヴァニラ)と缶ビール(一番搾り)を購入した。

コンビニの自動ドアから出ると、すぐさま缶が汗をかき、アイスが溶けて容器がぐにゃっとしていくのがわかる。アイスもビールも「形なし」になる前に、私は家路を急ぐ。ひんやりした冷蔵庫の中で幸せそうに眠る缶ビールと、冷凍庫でぐっすり、かちこちに固まっているアイスのことを想像しながら。しばらくしたら私はアイスを取り出し、夏の終わりにちょこっと思いを馳せながらアイスをスプーンで半分食べ、残りは冷凍庫にしまっておくだろう。ビールは真夜中になったら、紙コップと一緒に持ちだし、近所の住宅地に備えつけられているベンチ(誰かが座っているのをほとんど見たことがない)に座って黙って飲むだろう。それがこの季節、いちばん缶ビールを美味しく飲む方法であることを私は疑わない。そこに君がいてくれたらなお良い日もある。