水と今

かくして君は待つ、ある人が現れるのを。君の命をとめどなく膨らませにやって来るのを。(リルケ)

押し入れ部屋から〜From my closet to you〜(5)

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こんばんわ。

私は只今、名曲喫茶仕事から帰宅し、押し入れの中にback to mineしました。

ppppppp……。

うむ、今日はいささか疲れているし、いささか酔っているし、いささか憂鬱な気分だ。それは認めなきゃならない。疲れて、酔って、認めて、果たして何か記せるものだろうか……無理ぽい。

 

でも、いつだって世界は今、この瞬間に終わるかもしれないのだから、いつだって悔いのないよう何かしら記しておきたいと常日頃思ふ。でも、適当でいーかげんで呆れられるようなことばかり記して、笑われ、それで一切合切全てが終わってしまうっていうのもなかなかどうして、わるくないかも知れぬ。少なくとも、私らしいような気ぃする。笑って終わることができれば、どんな終わり方でもそんなにわるくはない。そうじゃないですか?

でも、「終わる」って何じゃい? と常人らしく考えてしまう。いったい、何が終わったら、終わったことになるのだろうか。

いったい、「終わる」とは、言葉に過ぎないのではなかろうか。

真の事態は、誰も、何も始めちゃいないし、何かを終わらせることなど決してないのではなかろうか。終わりはけっしてない。訪れることはいつまでもない。あるのは、今、「何かしら」「誰かしら」「恋かしら」が在るばかり。何かしらはsomething。誰かしらはWho is it。恋かしらはIs this love? 主体は、とりあえず、この私。その私。あの私。そうでなくても、そういうことにしておきましょう。みんながみんな私(Everybody is I)であろう。そうにちがいない。

なんだかんだ、そんなような気ぃしてきた。「続いていく」なんてのも、人たる私の概念に過ぎないのではなかろうか? だけれど、そんな風に実感することが、すっごく幼稚で陳腐で子供じみている……そんな風に感じてしまうと、何も言えなくなってしまう。

 

だから、Just do it!今日、あの人の着ていたTシャツに鮮やかな文字で記されていたように、ただ、行為していれば良き哉。何を? 一番やりたいことをおやんなさい。それが一番、君の魂に艶と光をもたらしてくれるのだから。

そうだ、そうすることにしよう。だって、遅かれ早かれいつかは死ぬのだから。やりたいこと、心からしたいこと、魂が渇望することをしなきゃ、せっかく貰った命なんだもの、貴重品だ、勿体ないたらありゃしない。それで今、私が心からしたいことはもう1杯きこしめしてベッドに倒れこむこと。明日を渇望しながら眠ること。それに間違いはありゃしない……おやすみなさい。

押し入れ部屋から〜From my closet to you〜(4)

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夕方、近所のみんな大好きお菓子店『foodmood』(カフェ併設)で母とともに頂いた「桃のシフォンサンド」と自家製ジンジャエール。

シフォンサンドは桃が見た目も味もともに瑞々しく、きめ細かい生クリームとしっとりとしたシフォンと絶妙なる三位一体を成していて素晴らしい。自家製ジンジャーエールは、雑味のない生姜の刺激と爽やかな炭酸水と、きりりとしたレモンの酸味がこれまた三位一体、素晴らしい。三位一体、便利すぎる言葉である。今後は使わないようにしよう。

 

さて、今日は母が先日発表になったばかりの、比類なきアイフォーン7の予約に付き合う約束をしていたので、駅前のDoCoMoに一緒に赴いた。それほど待つことなく、すんなりと受付に通された。だが、予約開始(16時)からまだ1時間も経っていないというのに、すでに100件以上予約が入っており、発売日(16日)当日に手に入る可能性は「きわめて薄」とマスクをかけた女性店員さんは苦しそうに述べた。念のために訊いてみたのだが、別の色、別の形状、別の容量のアイフォーンをチョイスしても、同じことだという。「一切合切品薄」。さすがアイフォーン、凄い需要である。

そんなアイフォーン需要オーバー狂騒をやや冷ややかな視線で眺めていたつもりになっていた私も、いざ家電屋さんで実機を目にしたら、いてもたってもいられなくなってしまうかもしれない。Apple製品、とくにアイフォーンには、そうしたフォースが確かに宿っている。しかし私は今月、アイフォーンの本体価格と同じくらい散財しているような気がする。ゆえに、アイフォーンくらいは我慢しなきゃいけない。私のアイフォーンはバッテリーがかなり摩耗し、残りHD容量もかなり少なくなっているが、それでもあと1年は替えずにいようと思っている。なにしろ、僕にはスマホよりも必要なものがゴマンとあるからな。ゲーム機とか、本とか。お酒とか、布団とか。先日、自転車も新調したばかりだし……。

 

さて、今日も押し入れの中に居ながら、とてつもなく詰まらぬワタクシゴト方面に話が向かってしまっているようだ。もうしばらくしたら、このようなワタクシゴト状態からも抜け出すことができるのだろうか?

これまでの10年できっと1500記事くらいのブログを更新してきたはずだが(自慢ではなくてたんなる事実である)、私はいったいぜんたいそんなに何を記していたのだろう? 遡れば思い出せるだろうが、遡る気になれない。きっと近所の団地の屋上に焼きそばパンと缶コーヒーを持って上がりたい、とか、たまに公園のあずまやで喫う煙草は旨い、とか、熱海に行ってどうしたこうした、とか、ろくでもないことをたっぷり記してきたのだろう。

しかし、この狭くて暗い押し入れの中にいると、今の私にとってリアルなことがいったい何なのか、ようわからんくなってくる。昨日の私が今日の私。明日の私が昨日の私。今日の私はずっと昔の私と確かに繋がっているはずだ。冒頭の桃のシフォンサンドを食べている時も、アイフォーン狂騒を眺めている時も、暗闇の中にじっと目をこらしている時も、私はそんなようなことを確かに感じている、はずだ。ふいい……(ため息)。

何はともあれ、明日は名曲喫茶為事。確保している睡眠時間はあと5時間半。名曲喫茶はクラシック音楽と静寂とコーヒーの香りにみちみちた戦場だ。戦場であると同時に、揺りかごでもある。私は慄きながら安寧を感じているだろう。いつものように。

押し入れ部屋から〜From my closet to you〜(3)

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午前3時すぎ。押し入れにて。

……。(18分経過)

何かしら記しておくべきことがあったか? と自問する。しかし、誰かの興を引くような小話は(今日も)ない。ただただ、夜中にセブンイレブンで買った飲みきり(500ml)ワインを半分飲んで、酔っぱらってる丑三つ時の私である。そんな私の戯れ言に耳を傾けてくださる奇態な方はいらっしゃるだろうか?

いらしてくれたら嬉しいが、しかし、いらっしゃらなくともここに何かを記してから眠る、という義務というか習慣というか目的は変わらない。現在は「押し入れの中でブログを更新し続ける」という実験の最中であるから。

それにしても、これ以上何か記すには熱い濃いコーヒーが要るようだ。今、すぐに。でも豆は切らしているし、セブンーイレブンに戻って全自動マシンに紙コップをかざす気にはなれない。そんな時、ありがたいのがインスタントコーヒーである。味気ないけど。

コーヒーという嗜好品が、ここ数日、私の心中を穏やかに支配している。この先は再び、コーヒーが私の相棒になってくれるような気がしている。日々、人のために、自分のために、クラシック音楽のためにコーヒーを1杯1杯丁寧に抽出するという行為。

その際、やはり挽き立ての豆をハンドドリップで淹れることが重要になるだろう。どんなに雑味のない、澄んだ水のようにクリアな味になったとしても、機械を使うわけにはいかない。ろくすっぽ飲めないような拙いコーヒーになったとしたら、それは私の拙い状態がそのまま反映されたに過ぎない。コーヒーの味は真正に正直だ。豆と腕と精神をそのまま映し出す魔法の液体。うう、仕方ないからインスタントコーヒーを飲もう……。

押し入れ部屋から〜From my closet to you〜(2)

f:id:lovemoon:20160907163812j:plain例によって、押し入れん中で記しています。

これまで、押し入れには文庫本や携帯ゲーム機やノートパソコン、あるいは酒瓶を持って気ままに閉じこもっていたのだが、先日、諸事情あって、愛用しているデスクトップPCとキーボードと、決して小さくはないモニターを中に運び入れることになった。「本気か?」と思わずひとりごちてしまいましたが、本気でした。なので、今後、押し入れではこれを記すことくらいしか(ほとんど)出来なくなってしまった。コーヒーカップを置く場所を確保するのも難儀です。まあ、自分の好きでやってることなので文句は言えません。

そういうわけで、このブログはしばらく押し入れの中で記されることになります。(誰も気に留めない宣言が押し入れの中の闇に吸いこまれていく……)

だからって、わざわざ「押し入れ部屋から」なんてタイトルを付けるのも詮無きこと、という気もするのですが、再開してからまだ間もないことと、この押し入れの中に居られるのもきわめて限定的な期間であるため、あと数日——目標としては押し入れの中に居ることをすっかり意識しなくなるまで——このタイトルでいこう。「いつでも/どこでも更新」をモットーとしている当ブログの内容が、押し入れ的気分に引っ張られないことを願うばかりです。

 

さて、冒頭の写真は僕が愛する多摩センターの天然酵母パン屋さん『木のひげ』の「ひよこ豆と杏のタルト」でありまして、ぎっしり詰まったひよこ豆の重量感と、干しアンズの自然な甘味が絶妙に融け合い、それらを全粒粉のタルト生地が包容力たっぷりに包みこんでいる逸品です。ちなみに母の名誉の為に言うと、母が買ってきてくれました。

昨日は押し入れから抜け出し、これを焼いて食べながら、だらだら汗を流していました。おともに熱い濃いコーヒーを飲みたかったのですが、4年前に名曲喫茶を始めてからというものの、自宅で、自分のためにコーヒーを淹れる習慣がほとんどなくなってしまったので(きっとコーヒーが商売道具になったことと、週末に飲みすぎているからだろう)、豆を所有していませんでした。どくだみ茶で我慢せい。

 

さて、素敵なタルトの写真に引っ張られて、本文が他愛ない、とりとめもない方向へ展開していきそう気がしますが、そもそも、今日はしっかと記しておきたいことが確かにあったように思います。少なくとも、今朝はありました。それは今朝見た夢に関係することだったはずだ……と言っても、これは夢日記ではないので、漠たる夢の内容をスケッチしたいわけではありません。詩をしたためたいわけでもありません。昔から、他人の夢の話と痴話喧嘩と下手な詩は猫も舐めない、とよく言いますし。

ここ数日の自分の移動、心持ち、人との出逢い、興じたゲーム、聴いた音楽、読んだ本、不安定な気候諸々が、泡となって、飛沫となって、弾け合い、集積し、巨大な高波を生み出していた。波の姿は、目覚めた世界ではうまく認識することができない。でも眠りこけて、ノイズたっぷりの雑念みたいなものから逃れることによって、ようやく、ぼんやりと、その姿を識ることができる(こともある)。

しかし、さすがに夢である。目覚めて数時間も経った今、自分がどんな夢を見ていたのか、何を得心したのか、さっぱり。夢の内容とアトモスフィアをすっかり憶えていて、夢も現実もすっかり綯い交ぜになっているような気分になったり、啓示(のようなもの)を受けたような気になることもたまにはあるが、今日はそういうのではなかった。

いずれにせよ、新しい自転車の存在はかなり大きい。それは確かだ。移動は、時に重たい扉を開いてくれることがある。今はそういう時期なのだろう。自室に居る時はなるべくこの押し入れの中にいて、心を彷徨わせ、自転車に乗っている時はあちらこちらに出向き、週末は有り難い名曲喫茶仕事にもっともっと専心できれば尚良い。

それでは、明日も(うまくいけば)夜の押し入れからお届けしたいと思います。ご拝読ありがとう。

押し入れ部屋から〜From my closet to you〜(1)

そう、タイトルの通り、ここは押し入れの中です。

なぜ押し入れの中に居るのかというと、昔から押し入れの中が好きだからです。それを「胎内回帰願望の顕れ」とでも「いかにも引きこもり」とでも、「狭かったり暑かったりしない?」とでも、何と言ってもらってもアイドンケア。それはきっと全部当たっています。

さて、個人的な理由あって、今日からしばらくこのブログを更新し続けていくことになりました。それにあたって、序文代わりにいくつか書いておくべきことがあります。

昨日、新しい自転車(ミニサイクル)を購入しました。10日前までは全く別の自転車を買うつもりでいたのですが、妙な縁と思いつきにより、この自転車と出会うべくして出会い、すぐさま取り寄せ購入する運びとなりました。

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思い起こせば、当ブログ、昨年の今頃、新しい自転車を買うか買わぬか……そんな逡巡から始まったのだった。

なので、新しいスタートを切るにあたって、自転車のことを記すのはけっこう相応しいように思います。

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思い出と思い入れたっぷりのえんじ色のミニサイクル。無印良品国分寺店(今はもうない)で10年くらい前に買った。長いこと、文字通り私の足となって頑張ってくれた。買ったばかりの頃は多摩川沿いをしょっちゅう走った。遠距離には全く不向きの自転車だが、これにまたがって、しょっちゅう遠くまで(と言っても限られた範囲内だが)行った。さすがにここ数年はチェーンがすっかり錆びつき、ブレーキも片方効かなくなってしまったので、半径5キロ以内に乗りつけるのがせいぜいだったが。

この長年の相棒は、新しい自転車を世話してくれたおじさんに処分してもらうことに。おじさんは多摩を誇る凄い自転車職人さん(ファンの方がたくさんいらっしゃる)なので、きっとこの老齢自転車を適切な形で再利用してくださることだろう。

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さて(2度め)、昨日はちょっとした操作ミスで、自宅のパソコンに入っていた10年ぶんくらいの写真(5000枚くらい)を1枚残らず消滅させてしまった。物質としての5000枚の写真を捨てるのには相当な手間と逡巡を伴うはずだが、PCに入った写真を失うのはちょっとした不慮のミスと3分もあれば充分である……突如として空になった写真保管アプリを見つめながらずいぶん長いこと放心してしまった。

でも、しばらく時間が経ってみると、それはそれで潔いような、幸先良いような、ゼロになったような気分になったのもまた事実。写真とは撮った瞬間から過去になっていく。そういうものだ。私は、まだ写真になっていない、この押し入れ的旬感の中に居たいと思う。

さて(3度め)。9月です。もう秋ですね。まだまだ外は暑いけど、この押し入れの中に比べたらきっとずっと涼しい、はず。ちょっと外に出てみよう。新しい自転車に乗って何か食べに行こう。またすぐにこの中に戻って来るだろうけど。

百二記〜自分と名曲喫茶の生誕日に寄せて

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おはようございます。

と言っても、ここには時間軸は(たぶん)流れていないのですが。ともあれ、窓の外は8月らしくじつに清々しい朝が展開しており、私は濃いどくだみ茶を静かにすすりながら久方ぶりにこれを記しています。

 

私事で恐縮ですが、先日、私のささやかに営む名曲喫茶が4周年を迎えました。まったく予想だにしていなかったのですが、たくさんの方々にお祝いの言葉やお品を頂き、嬉しかったです。いかにも自慢ぽいですが、頂いた品々をちょっと思い出し羅列させてください。マーラー&チャイコフスキーほかの荘厳でクールでプリティなCD、カラフルな銀紙に包まれたチョコレート袋、食べられる素敵な花々に彩られたクッキー、キュートでおいしい耳長ウサギクッキー、びっくりするほど大きな鉢植え花、鯉模様の可愛らしい瓶に入った日本酒、綺麗な藍色のアロマキャンドル、おなじみの、そして最高においしい母からの全粒粉杏タルト(「4」を象ったクッキーつき)。そして心のこもった手書きの手紙たち。ああ、嬉しや。

 

ほんに、心から嬉しや。そのくらいでは済ましたくないくらいありがたどしゃぶり雨に打たれまくりでした。その感謝の向かう先をちょっと羅列させてください。支えてくださっている方々に。経験を可能にしてくれている時間と場所と機会に。邂逅と、別れと、変わり続けているもの、変わらぬ(ように見える)ものに。既知の経験に。未知の経験に。数多のクラシック音楽に。明け方の散歩に。夏の午後に。夕方に染み入る寂寥の空に。白い尻尾と母の愛に。僕が忘れた人たちに。僕を忘れた人たちに。熱い濃いコーヒーに。薄いどくだみ茶に。ブラック・カラント・紅茶に。泡のないインディアン・ペール・エールに。なまぬるいホット・ギネスに。津々浦々の清酒に。長年乗り続けたボート(かなり浸水ぎみ)に。心を整えてくれる、行きつけのお店たちに。長く楽しませてくれているテレビゲームに。長く読み継いできた偉大な小説たちに。夢の中で会える人物たちに。新しい旅をしてる人たちに。白黒映画に。白玉小豆に。身体をもたない方々に。白いキャンバスに。飛び回る蝿たちに。青天の霹靂のような出会いたちに。

 

キリありまくりだけどないまくりなので、今日はこのへんで。

 

おっと。さらに言うと、私も昨日、41年めの生誕記念日というありがたい1日を迎えまして。さらに言うと、今年から再始動させたこのブログの記事もどうにか100記めを越えまして。こりゃ手っ取り早いので、全部まとめてお祝いしよー!……そんな浅はかなコンタンで書かれているのが当記事にあります。

冒頭に書いた通り、ここにはたぶん時間軸は流れておりませんが、私の週末はじつにタイトなタイムスケジュールでびしびし区切られているので、今日は泣く泣くここでキーを置かねばなりません。3時間ばかりしか眠っていないのですが(睡眠不足はけっして自慢にはなりません)、これからかけそばを急いで作って、すすって、名曲喫茶を開けないといけないのです。

それでは、また!

拝啓

https://www.instagram.com/p/BFvTrNMBL2_/

ご無沙汰しています。お元気でしょうか。

ぶしつけですが、夏は時間の感覚がしょっちゅうわかんなくなります。ね。

最後にここに記したのは3日前だったか、それとも1ヶ月くらい経っているのか……。過ぎたはずの時間が見境なくひゅんひゅん入れ替わったり、余暇を楽しみに先を急ぐ旅人たちの手押しカートのようにがらがら音を立てて運ばれていくようです。足にこつんこつんぶつかりながら。

時間もだけど、今、これを書いている理由というか動機もなんだかアイマイモコとしています。

あるいは記すべきことなど最初っからないのかも。だけどそんなこと言ったら、ここには記すべきことなど、もともと何もありませんから……。なんとなくってやつ。そうだっけ。
いや、違った。そうだ、思い出した。もうじきこのブログ再開から1周年(だいたい)を迎えるので、その前に何かしら前口上を記しておこうと思ったのです。それが理由のひとつでした。たぶん他にもあるのですが。

 

ともあれ、お変わりありませんか? もしお変わりあっても元気で気持ちよく過ごしているならそれで善き哉。

 

遠い場所にいる、あなたのことをしょっちゅう思っています。毎日ではありませんが思っています。いや、毎日かもしれない。どうだろ。わかんない。あんまりたくさん思いすぎていると、思っているのか、完全に忘却してしまっているのかわからなくなってしまいます。
遠い場所にいる人の存在ってば、ただでさえ現実の色みが薄いのに、合図みたいのを送りあっていないと、たとえSNSやらLINEやらで繋がっていても、あなたは真実この地球上にいるんだろうか?というような、儚いような、とりとめもない気持ちになります。でも、とにかく私は「ここ」にいますよ。I'm here. それに間違いはありゃしない。ここで手に取れるくらい具体的なコーヒーやお酒をちびちびと呑んでいます、今。

 

失礼、ちょっとお酒を取ってきます。

 

戻りました。具体的な話をさせて頂くと、私はここ数ヶ月、決めなくてはならないこと、ややこしいこと、処理しなくてはならないことが多々ありまして、なかなかあなたにお便りを書けるような状態ではありませんでした。
ごめんなさい、やっぱり書いたそばから取り消します。だってそんなこと言ったら、「書けるような状態」なんていつだってほとんどないのですから。

大人になると、時間を自分でどうにか捻出しなくてはなりません。さもないと、私の場合は無明の世界にどんどんどんどん落ち込んでいくような気がします。

混みあったドトールに滑りこんで、落ち着かない席を見つけて、耳栓代わりにイヤフォンをつけて、藁半紙みたいな色をした便せんを取り出し、青い水性ボールペンの滲む字でかりかりと書きつけなくては。たとえ書くことがろくすっぽ思いつかなくても、あるいはまだ伏せておきたいことばかりでも、

「今、ドトールでブレンドコーヒーMサイズを飲みながらこれを書いてて、朝から何も食べていないからけっこうお腹空いてて、チーズトーストを頼んだら、ちょっとお時間かかるのでお席でお待ちくださいって言われて、でも、ドトールの店員さんは出来上がってもお皿を持ってきてくれなくて、大声で「チーズトーストご注文のお客様ぁ!」って大声で叫ぶんだけど、今、耳栓しながらちょっと落ち着かない気分で呼ばれるのを待っていて……、あ、呼ばれたっぽい。ちょっと取ってきます……取ってきました。トーストがすでに冷めててちょっとがっかり。オリーブが2個ついてます。3個じゃなかったか。あなたは今日、何を食べましたか?」

とかなんとか、そんな他愛のないことで良き哉。

 

そういうわけで、チーズトースト食べ終えたし、またしばらくつたない文字で詰まらぬことをつらつら記してみるつもりです。

だから今一度、ご覚悟あれ。

そう言われて困った顔を浮かべているあなたの顔が見得た。気がした。でも、きっと実際は違って、あなたは微笑んでいるかもしれない。あるいは北京動物園の猿のように無表情かもしれない。読まずにびりびり破り捨てたかもしれない。私にはあなたの顔も姿も動きも見えません。無論、心も。私は見えないあなたに向けてただ、日々したためるだけ。どっちみに私にはそれしかできないのです。私が望むのは、とにかくこの便りが宛先不明で送り返されてこないこと。それだけ。

 

長々と(いや、たいして長くもないか)失礼しました。
今日は久しぶりなので調子に乗って最後にもうちょっと望みます。

あなたの気持ちが澄んだ陽の光を浴びた緑色のエメラルドみたいにきらきら光彩を帯びて輝いて、やがて夜になってあたりが真っ暗闇になっても、あなたの心を(少なくともあなたが眠るまで)しっかりくっきり灯していますように。望みます。それだけ。

でわでわ、また!

Itsuki.H